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TOKYO PMC  作者: ヒロセカズヒ
ニューロン
10/12

対戦

 浅草の雷門から少し入ったところに、古いゲームセンターがあった。


 ビルの一階、間口が狭い。看板が色褪せていた。中から電子音が聞こえた。


 指定された場所だった。


 店に入ると、薄暗い店内にゲーム筐体が並んでいる。クレーンゲーム、シューティング、リズムゲーム。奥に格闘ゲームの対戦台が四台、古い機種だった。


 グラスが周囲を照合した。常連らしい若者、店員、作業着の中年男性——


 作業着の男が格闘ゲームの台に座っていた。俺を見た。立ち上がった。


「席、温めといたからな」と男は言った。台を指した。


 俺は座った。


 男が奥に消えた。


 スマホが鳴った。


---


「よお、軍事会社の兄ちゃん」


 低い声だった。ゆっくりしていた。電話口の向こうで何かが動く音がした。


「来てくれたじゃないか」


「あなたが指定した場所です」と俺は言った。「意味が分からない」


「意味なんてねえよ」と男は言った。「これはコミュニケーションだよ。必要だろう?」


 俺は画面を見た。格闘ゲームの対戦台だった。二人用。隣の席は空だった。


「会って話す気はないんですか」と俺は言った。


「今は会わない方がいい。俺の顔を見たら、あんたの仕事が複雑になる」


「あなたが何者か確認する必要があります」


「俺がケンだってことは分かってるだろう。名刺を渡した男から聞いてるんじゃないか」


 グラスが声紋照合を続けていた。一致なし。


「対戦しまぜ」と男は言った。


「俺は自分が強いか弱いか、分からないんです。やったことが無いので」と俺。


「それでいいんだよ」と男が言った。「それでも、対戦ゲームはコミュニケーションなんだよ。ゲームがうまいかどうかじゃない」


 筐体に金を入れていなかったが、対戦が始まった。


---


 キャラクターを選ぶ画面が出た。俺は適当に選んだ。


 相手のキャラクターが選ばれた。


「あんたが調べていること、俺も同じ方向を向いてる」とケンは言った。電話口から格闘ゲームの音が聞こえた。向こうでも同じ画面を見ている。「病院のシステムに誰かが入ってるだろう」


「調査中です」と俺は言った。操作を始めた。慣れていなかった。


「二つ入ってるんじゃないか?」とケンは言った。


 俺は手を止めた。


 画面の中のキャラクターが攻撃を受けた。

 ライフが一つ減る。


「あんたが調べていた二つの経路」とケンは言った。「一つは、まあ俺だよ。驚いたか」


「……続けてください」と俺は言った。操作を再開した。


「俺は病院のデータを取っていた。特定の患者のデータを守るために」とケンは言った。「攻撃じゃない。バックアップだ。アメリカの方が本命の敵だ」


「特定の患者というのは」


「水無瀬芙由」とケンは言った。「15歳だ。盲目で、最近見えるようになってきた子だ」


 俺はグラスで記録した。


「あなたと水無瀬さんの関係は」


「俺の恩人の孫だ。たぶんな」とケンは言った。「詳しいことは今は言わない。ただし、俺はあの子の身の安全を考えてる」


 画面の中で俺のキャラクターが倒された。


「あんた本当に弱いな」とケンは笑った。声で分かった。「もう一回やるか」


「情報が欲しいんです」と俺は言った。


「俺もだよ」とケンは言った。「アメリカから入ってる奴の正体、あんたの方が詳しいだろう」


 俺は少し間を置いた。


「インフェクターというコードネームで動いている組織です」


「インフェクター」とケンは繰り返した。「医療データを狙ってる奴らか」


「そうです。あなたはどこで」


「俺は病気の人間を食い物にする奴が嫌いなんだ」とケンは言った。声が少し変わった。「それだけだよ。難しい話じゃない」


 画面が次のラウンドを始めた。


「水無瀬さんの脳に変化が出ています」と俺は言った。「デバイスの信号を脳が直接認識し始めている可能性があります。病院が経産省に報告しました」


 電話口が少し静かになった。


「……脳が変わってるのか」とケンは言った。


「確認中です」


「経産省が仕込んだのか」


「分かりません。ただし経産省は驚いていなかったようです」


「ふざけんな」とケンは言った。低い声だった。ゆっくりだった。それが余計に怖かった。「あの子の体に勝手に何かするってことか」


「まだ確認中です」と俺は言った。「ただし、あなたが持っているデータを見せてもらえれば、判断が早くなります」


 しばらく間があった。


「分かった」とケンは言った。「次は別の場所を指定する。その時に渡す」


「一つ聞かせてください」と俺は言った。「あなたが病院のシステムに入ったのはバックアップだと言った。そのデータで、水無瀬さんを守れますか」


「俺はデータを守ることしかできない」とケンは言った。「あんたは」


「俺は動くことができます」と俺は言った。「ただし、一人ではない」


「FBI女もいるんだろう」とケンは言った。「まあいい。俺はあんたを信用することにした。名刺を渡す人間は、大体信用できる」


 画面の中でまた俺のキャラクターが倒された。


「ゲーム、マジで弱いな」とケンは言った。


「そうですね」


「俺も弱いよ」とケンは言った。「じゃあな」


 電話が切れた。


 画面にゲームオーバーの文字が出た。


 俺は筐体の前に座ったまま、グラスで今の会話を記録した。


 ケンの声紋は一致なしのままだった。


 しかし、声は残った。


---


 ゲームセンターを出た。


 夜の浅草は人が多かった。グラスが照合を始めた。該当なし、該当なし、該当なし。


 俺はニコールに電話した。


「話があります」と俺は言った。「二つ目の侵入経路の正体が分かりました」


「どこの誰ですか」


「敵ではありません」と俺は言った。「ただし、説明が少し長くなります」



―― 第10話 了 ――


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