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黎明のデシリア  作者: 中條利昭
第十話「辛口カレーに魅せられて」

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第十話「辛口カレーに魅せられて」-1-

 猫耳ツンデレぼくっ少女が布団の中で顔を赤くし、口元まで掛け布団で隠して恥ずかしそうに黒と青空色のオッドアイの目を逸らしながら「アイス買ってきて、お義姉ねえちゃん」と頼んでくる夢から覚めた染谷瑞季そめやみずきは、細目を開けて外の明るさを確認した。

 カーテンの隙間からほのかな朝日が見える。ちょうど日の出頃らしい。朝のアラームが鳴るまでまだ時間がありそうだ。

「属性多い……たまらん……続き見させろ……」

 ふにゃふにゃと願望を述べながら寝返りを打つ。

 そのとき、彼女はカーテンが揺れるのを見た。窓を閉めて就寝したはずなのに。

「ん?」

 カーテンのシワが不自然に歪んでいた。カーテンの右下に何かが置かれ、カーテンが乗っかっているらしい。

 しっかり目を開けてみると、そこには猫のぬいぐるみのお尻があった。

 ヒナが頭を窓の側に出しているのだ。

「ヒナ? 何してるの?」

「おはようニャ、瑞季……」

 か細い声だった。ヒナは瑞季にお尻を向けたままだった。

「ちょっと身体が熱くて、外で涼んでたんだニャ……」

「暑い……? 夜はむしろ肌寒いくらいじゃ」

 瑞季は布団から出る。薄着のパジャマでは肌寒く、背中を丸めて腕をこすりながらヒナの元へ向かい、ヒナの背中を触る。いつもより熱かった。

「もしかして、風邪?」

 カーテンを開け、ヒナを抱える。

 身体は確かに熱い。ヒナは苦しそうに目を瞑り、眉を曲げていた。

「精霊にも風邪とかいう概念あるの?」


           ◆


 ブラフザールがトレーニングルームでベンチプレスをしていると、誰かが戸を開ける音が聞こえた。この部屋を使うのはふたりだけ。

 ブラフザールは手を止めず、消去法で問いかけた。

「カスパールか」

「お疲れさま、ブラフザール殿。今日も長いこと筋力トレーニングをしているようだな」

「吾輩がここに入ってどのくらい経った?」

「私に聞かれても困る。時計は見ていないのか」

「インターバルを測るストップウォッチしか見ておらぬ」

 ブラフザールは大胸筋を震わせながらバーベルを持ち上げる。三セット目の終了まであと一回。

「そのバーベル、何キロだ?」

「百二十キロだ」

「その歳でその数字とは。さすがはブラフザール殿。もう五十代半ばだろう」

「随分前から、歳を数えるのは辞めた」

「じつに貴殿らしい。それにしても、外見より遥かに重たい重量を扱えることに感心するよ」

 ブラフザールは比較的小柄だった。身長は百七十に満たず、軍服を着ていれば並の軍人と同等の体格か、それよりも細く見える。しかし肉体は引き締まっており、体脂肪率がかなり低いことは顔を見ただけで分かる。

「ふん。筋肉にとって大事なのは大きさではない。質だ。身体の大きさばかり求めていたメルキーヴァは、そこが分かっていないからやられたのだ。大きすぎるあまりスピードが落ちるようでは意味がない」

「メルキーヴァは筋肉の大きさと美しさは比例する、と言っていたな」

「理解に苦しむ」

 五セット目を終え、バーベルをラックに戻したブラフザールは、汗を拭いながら入り口に立つ女に目を向けた。カスパールは、いつもの軍服姿のままだ。

「トレーニングはしないのか」

「ああ。これから出動するというのに、無駄に疲れたくはないからな」

 カスパールの言葉に、ブラフザールは眉を動かした。

「ほう。とうとう初出動か」

「できることであれば、この邦の自然をもっと堪能していたいのだがな」

 彼女は毎日散歩している。アジト周辺を一日中歩くこともあれば、町まで出て散策することもあった。

「好敵手として、私も彼女たちには興味がある。そろそろデシリアの力をこの目で視察したくなったのだ。ジンの開発が終わるのを待ってはいられない」

「実に君らしい」

「ストップウォッチは動かさなくていいのか?」

「今日はもう終了だ。一通り鍛えた」

 ブラフザールはタオルを手に取り、顔の汗を拭いた。

「ブラフザール殿」

「なんだ」

「どうだった? デシリアたちは」

 ブラフザールは即答しなかった。

 しばらく言葉を選んでから、簡潔に話した。

「所詮は子供だと言わざるを得ぬ。あまりに未熟だ。しかし、メルキーヴァを打ち倒したことが不思議ではないほどの熱を感じた。ただ、なぜ彼らがそこまでして我らに歯向かうのか、理解に苦しむ。なぜ空の邦の王子一匹との繋がりしかない世界に、それほど肩入れするのだろうか。メルキーヴァが余計なことを言った気がしてならぬ」

「なるほど。どの世界も子供とはそのようなものなのだろう。未熟ゆえに無謀で、未熟ゆえに輝かしい。そうは思わないか?」

「さあ」

 曖昧に答えるブラフザールの顔を、カスパールはじっと見つめていた。

「吾輩の顔に何かついているか?」

「いや。ついてなさすぎなくらいだ。ところで、メルキーヴァがいなくなってから、ここも少し寂しくなったな」

「むしろあの目障りな巨体がいなくなって空気が良くなった」

「ひどい言いようだ」

「しかし、暇が増えた」

 ブラフザールは立ち上がり、シャワールームへ向かう。ドアノブを掴み、引く。そこで静止し、顔だけをカスパールに向けた。

「実践演習や組手の相手がいなくなったからな。せめて君が相手になってくれればよいのだが」

「すまないな。殺し合い以外で貴殿と渡り合える気がしないもので」

「ふん」

 肯定も否定もせず、ブラフザールはシャワールームの扉を閉めた。


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