表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
黎明のデシリア  作者: 中條利昭
第九話「どん底の親子」

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

63/70

第九話「どん底の親子」-7-

「おっはよー!」

 突き抜けるような快晴の空をそのまま持ってきたような声。

 高梁星輝たかはしてんしが勢いよく教室のドアをくぐった。

「高梁、今日も元気そうだな」

 入り口に近い位置にいたクラスの男子生徒が声をかけてきた。

「ウチが元気じゃなかったことがあったか?」

「確かにそうだな」

 男子生徒は苦笑する。

 週明けの月曜日。梅雨入り間近の、少し湿気を含んだ空気が教室に満ちている。チャイムが鳴るまではまだ少し時間があり、生徒たちは思い思いに朝の時間を過ごしていた。

 星輝が自分の席に向かおうと二歩ほど進んだところで、背後に気配を感じて振り返った。そこに立っていたのは、短髪に少し寝癖がついた莉照だった。彼は星輝の姿を認めると、小さく片手を上げる。

「おはよう」

「おう、莉照。おはよう」

 反射的に挨拶を返したが、星輝の心臓はわずかに跳ねていた。

 昨夜、リアスピサとして彼と接触したばかりだ。あのときの緊迫した状況や、彼の涙ながらの訴えが鮮明に蘇る。正体がバレていないかという不安と、ヒーローとして接した相手と日常で顔を合わせる気恥ずかしさが入り混じり、複雑な心境だった。

 星輝は持ち前の笑顔でそれらを誤魔化そうとしたが、莉照は返事もそこそこに、じっと星輝の顔を見つめてきた。

 その真剣な眼差しに、星輝の背筋に冷たい汗が流れる。

 あれ? もしかしてバレてる……?

「ど、どうした? ウチの顔に何かついてる?」

 莉照は少し逡巡しゅんじゅんするような表情を見せた後、意を決したように口を開いた。

「いや、……ちょっと話いいか?」

 やばいやばいやばい……。

 星輝の心の中で警報が鳴り響く。

 断る方が不自然だ。

 星輝は平静を装って「お、おう。いいぜ」と頷き、先に廊下へ出ていく莉照の後を追った。教室で「昨夜のグラウンドで親父を助けてくれたのはお前か!?」なんて大声で言われるよりはマシだろう、と自分に言い聞かせながら。

 莉照は廊下に出ると、開いていた窓のそばまで歩き、窓枠の柵に腕を乗せて、緑が茂り始めた中庭を見下ろした。

 星輝も倣って隣に立ち、同じように柵に体重を預ける。教室の喧騒が少し遠くに聞こえた。

 莉照は周囲に他の生徒がいないことを確認すると、声を潜め、どこか照れたように頬を掻きながら話し始めた。

「あのさ……。高梁って、俺の親父のこと、知ってたっけ?」

 予想外の質問に、星輝は一瞬戸惑う。

「ん? ああ、すげえ尊敬してるって言ってたよな」

「そうそう。まあ、今は色々あって、全然偉くもなんともないんだけどさ」

 莉照は自嘲気味に笑った。

「それで? 親父さんがどうかしたのか?」

「うん……。実は、ついこないだ、親父と……まあ、ちょっと色々あってな」

 莉照は言葉を濁したが、星輝にはその「色々」が昨夜の出来事を指しているのだと分かった。

 黙って彼の横顔を見つめ、続きを促す。

「親父さ、ちょっと前に仕事でデカい失敗やらかして、ずっと落ち込んでたんだ。それが原因で、家の中もギスギスしてて……。でもな、昨日から吹っ切れたみたいでさ。完全に復活したんだよ。『どん底まで落ちちまったら、後は上を見るしかねえだろ!』とか息巻いちゃってさ」

 そう語る莉照の横顔は、誇らしげに見えた。

 父親の変化を喜ぶ彼の気持ちが伝わってきて、思わず口元が緩む。

「かっけーな、親父さん」

 素直な感想を述べると、莉照は嬉しそうに頷いた。

「だろ? ……それでさ、俺も、前にクラスで色々やらかしたこと……おまえらにこっぴどく叱られたこととか、ようやくちゃんと親父に打ち明けられてさ。そしたら、なんか心が晴れたっていうか。俺も親父も境遇がちょっと似てて、今、同じ方向向いて一緒に頑張ってる感じなんだ。なんだか、初めてちゃんと親父の横に並べた気がして。それが、ちょっと嬉しいんだよな。……まあ、それだけなんだけどさ」

 照れくさそうに付け加える莉照に、星輝は満面の笑みで答えた。

「よかったじゃん。おまえが嬉しいなら、ウチも嬉しいよ」

 その言葉に、莉照ははにかむように口元を緩めた。そして、間を置いてから、不思議そうに首を傾げる。

「で、なんで俺、これを高梁に話してんだろ……」

「え? ウチが聞きたいよ、それ」

「ほんと、なんでだろうな」

 莉照は再び自嘲気味に笑い、視線を中庭に戻した。そして、何かを思い出したように呟く。

「ひょっとしたら」

「ひょっとしたら?」

「……この町を救ってるっていう、美少女戦士たちの噂、知ってるか?」

 その言葉に、星輝の肩がびくんと大きく震えた。

 心臓が早鐘を打つ。

 しかし、莉照は中庭を見下ろしたまま、星輝の反応には気づいていないようだった。

 どうやら、星輝がその『町を救う美少女戦士』本人だと確信しているわけではないらしい。

 星輝は動揺を悟られまいと、努めて明るい声で答えた。

「お、おう! もちろんだ! なんたってウチ、この目で見たことあるからな!」

「え、マジで!?」

 莉照が驚いてこちらを向いた。

「ああ! ほら、前にライブ会場に怪物が現れたときあったろ?」

「そうなのか?」

「あったんだよ。あのとき、助けに来てくれたんだ。めちゃくちゃ強くて、かっこよかったぜー!」

 興奮気味に話す星輝に、莉照は「へえ……」と感心したように息を漏らした。

「そうなんだ……。実は、俺も……会ったんだよ、その戦士に。昨日の夜」

「……!」

「それでさ、そのうちのひとりが……なんとなく、高梁に似てる気がして」

「ウ、ウチに!?」

 星輝の声が裏返る。

「うん。まあ、雰囲気っていうか……。だから、無意識におまえと話したかったのかもな。変な話して、悪かった」

 莉照はそれだけ言うと、照れたように頭を掻き、「じゃあな」と教室に戻っていった。

 ひとり残された星輝は、大きく息を吐き出した。肩に力が入っていたことに気づく。

「……似てる気がする、ってだけなら……確定されたわけじゃ……ない、のか? うん、そういうことだよな……。ま、いっか!」

 深く考えるのはやめよう。セーフだったということにしておこう。

 後ろの扉から教室に入ると、窓際の最後列、自分の席の近くに友人たちの姿があった。瑞季が自分の席に座っており、その前の席には優菜が腰掛けて話をしている。沙耶の姿はない。朝一番では見かけた気がしたので、お手洗いかどこかに行っているのだろう。

 星輝はふたりに背後から近づき、「やっほー」と声をかける。

「あ、やっほー星輝。遅かったね。莉照くんと、何か話してたの?」

 瑞季が尋ねてくる。

「おう。なんかさ、親父さんが完全に復活したんだってさ。いやー、ほんとによかったよ」

 星輝は心から嬉しそうに言うと、話題を変えるように続けた。

「それよりさ!」

 優菜と瑞季の肩をぐいっと引き寄せ、顔を近づけて小声で囁く。

「美少女だってさ、美少女!」

「え? なにが?」

 優菜が不思議そうに聞き返す。

 小声ながら、興奮した声で星輝は続ける。

「ウチらのことだよ! 『町を救う美少女戦士たち』って、町で噂になってるんだと! 莉照が言ってた! いやー、美少女かー! なんか、いい響きだよなー! こうなったら、月に変わってお仕置きしちゃうしかないっしょ!」

 得意げにポーズを決める星輝に、瑞季が呆れたように突っ込みを入れる。

「……ちょっと、そのネタ古くない?」

 いつもの軽口を叩き合いながらも、星輝の胸には確かな実感が込み上げてきていた。

 初めて変身したときも、昨夜の激しい戦いの最中も、どこか夢を見ているような、現実感のない気分が付きまとっていた。特別な家柄でもなく、勉強ができるわけでもない。そんな自分が、誰かを守るヒーローになるなんて。

 でも、莉照の言葉を聞いて、彼の父親を救うことができたという事実が、星輝の中に根付かせ始めていた。

「そっか……。誰だって、なっていいんだよな」

 誰かを護りたい、助けたいと強く願う心があれば。

 大切な人のために立ち上がる勇気があれば。

 誰だって、誰かのヒーローになれる。

 瑞季も優菜も自分も。

 そして、莉照や沙耶だって。

 星輝は窓の外に広がる青空を見上げ、ぎゅっと拳を握りしめた。その瞳には、決意と希望の光が、朝の光を受けてキラキラと輝いていた。



(第九話「どん底の親子」了)


第十話「辛口カレーに魅せられて」 2026/4/11 8:00投稿予定

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ