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黎明のデシリア  作者: 中條利昭
第九話「どん底の親子」

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第九話「どん底の親子」-4-

 星輝は自宅でヘッドホンを装着してギターの練習をしていた。次のライブで演奏する曲を通しで練習し、アウトロを終えて演奏が止まると、机の上のスマートフォンから通知音が聞こえた。チャットアプリの通知音だ。

「なんだ?」

 ギターピックを三弦と四弦の間の一フレットの位置に挟み、デスクの上のスマートフォンを手に取る。指紋認証でロックを開けると、瑞季からのメッセージ通知が画面に表示された。

〈スレイヴが現れたみたい! ヒナによると、うちから見て西の方らしいけど、詳しい場所は分からなくて……。とりあえず探しにいくね!〉

「またかよ……」

 一昨日、昨日とヘヴンの少女ナーサと戦い、星輝はリアスピサの力を得た。昨日の様子からしてしばらく来ないんじゃないかと星輝は思っていたが、予想が外れたことになる。

「瑞季の家から西というと、この辺もそうだな」

 ヘッドホンを外してデスクに置き、エレキギターをスタンドに立てて腰を上げる。カーテンと窓を開け、外を眺めてみた。ここからでは近隣の家や堤防しか見えない。

 しかし、

「なんか聞こえるな……」

 音に敏感な者でなければ特に気にしないほどの微音だった。その不気味な低い音には心当たりがあった。

「これって、スレイヴの声か? ——ってことはやっぱりこの近所かよ!」

 星輝はスマートフォンとデシリル・ジェム、デシリル・アンプだけを持ち、ドタバタと部屋を出ていった。


 星輝は堤防の階段を一段飛ばしで走って上がっていく。息ひとつ切らさず三十段の階段を上がりきると、河川敷を見渡すことができた。先ほどの轟音と禍々しい気配は、川の対岸方面から発せられていた。

 南へ走り、川を越えるための歩行者専用の細い橋へ。誰も渡っていないその橋を全速力で駆け、逆側の堤防に向かう。

 対岸の堤防に着くと、すぐ眼下に目的の場所が見えた。古びたサッカーグラウンド。六つの頼りない街灯が照らす薄暗がりの中に、明らかに異質な黒い影がうごめいていた。

「いた!」

 星輝はスマートフォンでチャットアプリを開き、〈川沿いのサッカーグラウンドにいた!〉と打ち込んで、堤防の階段を降りていく。送信するとスマートフォンをパンツの後ポケットに入れ、代わりに左ポケットに入れていたデシリル・アンプとジェムを取り出し、変身した。

「『デシリアの 情熱煌く魂は 如何なる者にも消せはしない。燃え上がる心、リアスピサ!』」

 眩い光が弾ける——次の瞬間、轟音が響き渡った。

 爆心地は、グラウンドの中央。

 変身の光を纏ったまま砲弾と化したリアスピサが、スレイヴの側頭部に文字通り突き刺さっていたのだ。

 水銀のような重たい液体で満たされるイメージを持って臨んだ、渾身のタックル。

 右半身から地面に叩きつけられたスレイヴが、凄まじい砂埃を巻き上げてバウンドする。

 リアスピサは反動を利用して軽やかに宙返りし、街灯の光が届く範囲にスタッ、と着地した。

「来たか」

 声のした方を見ると、スレイヴの足元に男が立っていた。白髪の短髪。歳は五十代くらいに見える。黒いタンクトップに迷彩柄のカーゴパンツという出で立ち。目と眉の間が狭く、その眼光は剃刀のように鋭い。リアスピサは思わずその威圧感に気圧され、無意識に半歩後退していた。

「誰だあんた」

「吾輩はブラフザール。ヘヴンの傭兵だ」

「傭兵……メルキーヴァもそう言ってたな」

 身長は百七十センチに満たないだろう。メルキーヴァと比べてかなり小柄に見えるが、顔の輪郭や筋肉のライン、血管はメルキーヴァよりもはっきりとしている。引き締まった、無駄のない身体だった。

「へえ。ひとりひとり倒しては現れるって展開かと思ってたけど、そういうわけじゃないんだな」

「そのような無意味な縛りなどない」

「じゃあ、なんで最初はメルキーヴァしか来なかったんだ?」

 リアスピサは挑戦的な笑みを浮かべながら尋ねる。

 相手はいかにも寡黙なタイプに見えたため、返答は期待していなかった。しかし、ブラフザールはしばらくリアスピサの瞳を睨んだ後、ゆっくりと話し始めた。

「奴の当初の任務は、空の邦の王子およびデシリル・ジェムを探すことだった。吾輩をはじめとした他の一員はデシリル・アンプを探す任務に出ていた。それだけのことだ。しかし、メルキーヴァがデシリアの誕生を隠していたことが判明し、問いただしてみればデシリル・アンプは君たちが変身するときに勝手に現れたとのことだった」

「なるほどね。あんたたちがせっせと頑張って探してた物が、実は単に探すだけでは見つからないってことが分かって、今はみんなでウチらを襲いに来てるってことか」

「概ねその理解で問題ない。デシリアとは謎だらけの存在だ。その謎を暴くことができれば、残りふたつつのデシリル・アンプの入手方法やデシリアへの変身条件などがあきらかになるかもしれぬ。謎を暴くためには、君たちの持つデシリル・ジェムとデシリル・アンプを調べる必要がある」

「よく分かんねえけど、一言でまとめると『寄越せ』ってことか」

「いかにも」

「寄越してやるかバーカ」

 吐き捨てると同時に、リアスピサは後方へ大きく跳躍した。

 刹那、彼女が立っていた場所がごっそりと抉り取られる。

 黒い塊が地面を削り飛ばし、そのままの勢いで背後のサッカーゴールへ直撃した。ぐしゃり、と鉄パイプが飴細工のようにへし曲がり、ゴールポストごと数メートル引きずられてようやく止まる。

 ゴトリ、と地面に落ちたのは、通常の倍はある巨大な闇色のサッカーボールだった。

 リアスピサは改めてスレイヴを見上げる。その姿は以前莉照がスレイヴになった時の姿とよく似ている。衣装はサッカーのユニフォームに見えた。体躯は莉照のスレイヴよりも一回り大きく、放つプレッシャーも段違いに重い。

「そのユニフォーム……」

 繋中学校のサッカー部のものによく似ている。

「まさかまた莉照が——んなわけないか」

 莉照の黒感情は二週間前に浄化した。この短期間で彼が再びスレイヴになるほどの黒感情を抱えてしまったとは考えたくなかった。

 他の可能性を考えようとしたが、そんな暇はない。

 スレイヴが再び闇色のボールを蹴ったのだ。

 リアスピサは火の球を放つ。彼女の五メートル先でふたつの球がぶつかり、爆発した。

 スレイヴは闇色のサッカーボールを立て続けに出現させ、シュートを繰り返す。

 リアスピサは一歩も動かず、そのすべてを撃ち落としていく。

 スレイヴの足元にいるブラフザールが言った。

「メルキーヴァから我々の事情は聞いているのだろう。にも関わらず、我々に抵抗する君たちのことがまるで理解できぬ」

「こっちにも譲れないものだあるんだ。はいわかりましたーって降伏するわけねえだろうが」

 リアスピサは目前の爆炎の中に自ら飛び込んだ。

 自身の踵で爆ぜさせた火の玉を推進剤にして加速し、スレイヴが放つボールを足場にしてさらに跳躍。空中でもう一度爆発を起こして軌道を変える——踊るような三次元機動で、一気にスレイヴの懐へと潜り込む。

 左手で肩を掴むと同時、ゼロ距離で右手の火の玉を背中に叩きつけた。

 爆発。スレイヴは前のめりに倒れ、うつ伏せに沈む。

 リアスピサはブラフザールの二メートル前方に着地し、彼を見上げた。

 ブラフザールは依然として手ぶらのまま、仁王立ちしている。

 腰にはポーチがついているが、ナーサのようにそこから武器を取り出す気配はない。

「ほう。なかなか大胆な攻撃をするではないか」

「それはどうも。さっきから思ってたんだけどさ、意外とお喋りなんだな、おっさん。見た目は無口に見える」

「ふん。若者の質問を無下にするほど、魂は年老いておらぬというだけだ」

「へえ。かっこいいこと言うじゃん。ついでにもうひとつ教えてくれよ」

 ブラフザールは頷かず、リアスピサを見つめるだけだった。

 彼女はそれをイエスと解釈した。 

「あんたら、すでに光の連邦とかいうヒナたちの世界を侵略し終えたんだろ? 今更、ウチらデシリアの力なんか必要あんのか?」

「精霊どもに、反乱の芽を摘ませぬためだ。デシリアという切り札を精霊側が保持している限り、それは奴らにとって逆転の一手となりうる。……まさに、今の君たちがそれだ」

「なるほど。ウチらが光の連邦に行って反乱の手伝いでもしたら、ヤバいってことか」

 星輝はヒナから聞いた話を思い出していた。

 ヒナは八年前、光の連邦からここへ扉を渡ってきた。そして、ヘヴンの一員は先月に『扉』を開けてやってきた。

「世界を行き来する扉ってのはどこにあるんだ?」

「許可した質問はひとつだけだったはずだ」

 ブラフザールの声の温度が、わずかに下がった。

 その瞬間、

「ッ!」

 背後に、強烈な殺気。

 うつ伏せに倒れていたはずのスレイヴの巨大な拳が、振り下ろされる。

 リアスピサは咄嗟に前方へ跳躍。

 目の前に立つブラフザールの頭上を飛び越え、彼の背後に着地した。背後でスレイヴの拳が地面を叩き割り、土煙が上がる。

「おいおい、それはハンドじゃねえか? サッカーのユニフォーム着て、やっていい攻撃かよ?」

 軽口を叩きながら振り返る。

 だが、そこにいたのはスレイヴではなかった。

「戦場にルールなど存在しない」

 いつの間にか背後に回り込んでいたブラフザールの姿が、陽炎のように揺らぐ。 

 腹部に、鋼鉄の槌を打ち込まれたような衝撃が走った。

「が、は……ッ!?」

 視界が反転する。

 肺の中の空気が強制的に吐き出され、内臓を雑巾絞りにされたような激痛が脳髄を焼く。

 何が起きたのか理解するよりも早く、リアスピサの身体は枯れ葉のように数メートル彼方へ吹き飛ばされていた。

 地面を無様に転がり、土にまみれてようやく止まる。

「素手でスレイヴ並みに強いとかアリかよ」

 生身でブラフザールの拳を腹に受けていたら、一撃で気絶していたに違いない。

 すぐさま体勢を立て直すが、状況は悪化していた。スレイヴが起き上がり、先ほど以上に激しい勢いで闇色のサッカーボールを連射し始める。

 同時に、ブラフザールが距離を詰めてきて、的確かつ重い打撃を繰り出してきた。

 リアスピサは必死に炎でボールを相殺し、ブラフザールの攻撃を躱すが、完全に防戦一方となり、じりじりと後退を余儀なくされた。

 闇色のボールと、ブラフザールの素手による猛攻。

 息つく暇もない。

 リアスピサは後方へ避け続け、なんとかフェンス際まで追い詰められたところで、一瞬の隙を見てフェンスの影へと身を隠した。

「え」

 そこで、リアスピサは信じられないものを見た。

 フェンスの影に、少年がうずくまっていたのだ。

 恐怖に顔を引き攣らせ、震えている。

 莉照蓮司だ。

「おまえ……」

「な、なあ、何が起きてるんだよ!? あんたはいっい……あの化け物は」

 莉照は明らかに混乱し、怯えきっていた。

 リアスピサも目の前の状況をすぐには整理できなかった。

 頭の中を様々な疑問が駆け巡る。

 しかし、困惑し続けているわけにもいかない。頭の中を流れる疑問をすべて飲み込み、頭を振って思考を振り払った。

「早く逃げろ! ここは危険だ!」

「で、でも、親父は……! 親父は助かるのか!?」

 莉照が悲痛な声で問いかける。

「親父?」

 リアスピサは目を見開いた。

「まさか」

「あの男が、親父に何か黒いもんを……! そしたら、親父があんな化け物に……!」

「まじかよ」

 スレイヴの姿は莉照のときのものによく似ている。

 その理由に合点がいった。

「なあ、親父は助かるのか!?」

 恐怖で声を震わせ、懇願するように見上げてくる莉照の顔は、いつもより幼く見えた。

 リアスピサは一瞬言葉に詰まるが、すぐに強い決意を目に宿し、断言した。

「心配するな」

 その声には、一片の迷いもなかった。

「おまえの親父さんは、絶対に助ける。だから、今は安全なところまで離れてろ」

「わ、分かった…!」

 莉照は涙目で頷くと、よろめきながらも道路側へと走り去っていった。その背中を見届けると、リアスピサは深く息を吸い込み、陰から飛び出した。

 そして、改めてスレイヴとブラフザールへ向き合う。

「あんた、莉照の親父さんか。……正直、あんまり人の家の事情に首を突っ込むのは好きじゃねえんだけどな。スレイヴになっちまったんなら、話は別だ。仕方ねえ」

 リアスピサはスレイヴの顔を見上げ、右手をそっと差し伸べた。その手には、温かな炎が優しく灯っている。

「あんたが救われなきゃ、あんたの息子も救われねえんだ。……綺麗さっぱり、その黒感情を浄化してやるよ」


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