第八話「輝く星の内側」-7-
ヘヴンのアジトにある王座の間は常に薄暗い。窓がないため外の光は入らず、灯りは最低限の小さな電球が設置されているだけだ。また、壁も床もすべて黒い金属や石でできているため、その暗さを助長している。
ナーサは部屋の中心から王座に向かって、跪いていた。
「申し訳ありませんでした……。勝てなかったどころか、デシリアを増やしてしまうなんて」
王座に座る仮面の男・ジンは脚を組み、肘掛けに腕を立てて手の甲に顎を乗せていた。黒いローブに身を包み、細い線の鋭い意匠が刻まれた黒い仮面をつける彼は、この空間の闇に紛れている。ローブの奥にかすかに見えるシャツも真っ黒で、首の上部まで皮膚を隠していた。どの角度から見ても、彼の肌の色を見ることはできない。
「いつかは、こうなる運命だったのだろう」
ナーサを咎めることも慰めることもせず、彼は淡々と述べた。
「才なき者がデシリアになった。デシリル・ジェムを手にしたままスレイヴになったことで何かの異変が生じたか、それとも、私が観測していない他の条件があるのか」
「申し訳ありません」
しばらくの沈黙が流れた後、ナーサは顔を上げる。ジンの仮面を見つめる彼女は、今にも泣き出しそうな表情をしていた。
「ナーサ」
「はい」
「次はブラフザールに出てもらう」
ナーサには、それが戦力外通告のように聞こえてしまう。彼女は再び俯き、ジンに顔を見せないようにした。
「……『火』が完成したの?」
「まだだ。だが、君の戦闘データが大いに役に立ち、想定よりも工数を節約できている。あと十日もあれば完成するだろう。ブラフザールなら素手でも善戦してくれると期待しているが、スレイヴを使って戦ってもらう。当人はスレイヴを好まないが、三人のデシリアを相手に、素手で戦おうなどという愚かな判断はしないはずだ」
「そう、だね」
「私は研究に戻る」
ジンは王座から立ち上がり、王座の後方にある研究室へと向かっていった。
声をかけようかかけまいか、ナーサは迷う。ジンが自動扉を開く直前になって、ようやく小さな決心がついた。
「あの……」
ナーサは彼の細身の背中を見つめる。
「忙しいとは思うけど、あまり無理はしないで、ジン。……ずっと研究してると肩肘張ると思うから、温かいお茶でも飲んでみたらどうかな。あたし、淹れてくるね」
ジンは振り返ることも立ち止まることもしない。自動扉が開き、閉じられる。その音だけが、王座の間に虚しく反響する。ナーサはひとり取り残された薄暗い空間で、静かに涙を流した。
◆
瑞季は、朦朧とした意識の中で真っ赤に輝く炎を見ていた。戦況は把握できなかったが、彼女は理解していた。星輝がついにデシリアになったのだと。
ナーサが去った後も、しばらく瑞季の視界はぼやけていた。その霧の中のような視界の中、彼女の目の前に手のひらが現れた。
「瑞季、立てるか」
星輝の声だ。
見上げると、星輝の肩越しに太陽が見え、眩しかった。戦い始めたときは空一面が雲に覆われていたはずだが、今は青空にポツポツと綿飴のような雲が浮かんでいるだけだった。
「……うん」
瑞季は重たい右手を動かし、星輝の手に乗せた。その手が掴まれ、引っ張られる。上体が持ち上がると、足に少しだけ力を入れることができ、足の裏を地につけた。しかし、自力で身体を持ち上げることは叶わない。
そのとき、彼女の腰に優菜が手を回した。
そのままふたりに肩を組まれ、なんとか立ち上がることができた。
彼女たちは橋の下の日陰に向かって歩いていく。近づいて初めて、瑞季はそこにヒナがいることに気づいた。
「お疲れさまニャ。瑞季も優菜も、そして星輝も、よく頑張ったニャ。星輝がデシリアになれて、本当にほっとしてるニャ」
星輝はまっすぐな瞳で頷き、自身の胸に右拳を当てた。
「ふたりの声が、ウチの中で響いたんだ。心が熱くなった。ひょっとすると、スレイヴの中にいると、いつもより心に言葉が響きやすいのかもな」
「弱ってるところで優しくされると、その人が好きになる、みたいな理論?」
「かもな」
少しずつ足に力が入るようになり、瑞季は自分の足で歩けるようになっていた。日陰に辿り着くと「もう大丈夫」と言ってふたりの方から離れた。
「ウチひとりじゃ、絶対にデシリアになれなかったと思う。ふたりが支えてくれたから、ウチは自分を認めることができた。本当にありがとう」
「どういたしまして」
「これで、やっとウチはふたりと互角な戦力になれた。それがすごく嬉しいんだ」
「そうだね。星輝がいるなら、三人分どころか五人分十人分の力が出せそうだよ」
「あ、それ系のことわざ知ってるぞ。三人寄れば——なんだっけ」
「文殊の知恵?」
「それそれ。そんな感じで、三人集まればウチらは最強なんだよ」
「だね!」
そんな星輝と瑞季の会話を聞く優菜は、困り顔で微笑みながら、やんわりと指摘した。
「どちらかと言えば『三本の矢』じゃないかな」
「まあ、なんでもいいじゃん。腹減ってきたな。あ、そうだ」
宙に浮くヒナの下には三人分の荷物があった。星輝は自分のバッグを素早く開け、お弁当箱を取り出す
「この時のためにお昼残してたなんて、お昼のウチ天才じゃん。もしや予言者か?」
「ご飯痛んだりしてない? 大丈夫?」
「経験上、ギリいける」
そんなことを言いながら、星輝は斜面に腰掛け、お弁当を貪り始めた。
瑞季と優菜は顔を合わせ、同時にくすっと笑った。元気を取り戻した星輝の隣に腰を下ろすふたりは、おなかを満たす星輝よりも幸せそうだった。
(第八話「輝く星の内側」了)
第九話「どん底の親子」 2026/4/4 8:00投稿予定




