第八話「輝く星の内側」-6-
リアスピサは、自身の身体を駆け巡る奔流を感じていた。
血管の一本一本にまで熱が満ち、指先から溢れ出しそうになる。真紅の薄いグローブに包まれたその手を見つめ、強く握りしめた。
求めていた力。
そして何より、仲間たちの温かい想い。
「やっとなれたんだ……ウチも、デシリアに」
「なんで、あんたなんかに……」
ナーサの瞳には、どす黒い憎悪が渦巻いていた。
ギリリ、と黒槍の柄が悲鳴を上げる。
「ふざけるな!」
叫びと共に、大地が脈動した。
アスファルトが生物のように隆起し、巨大な土の大蛇となってリアスピサへ襲いかかる。
以前の彼女なら、その質量に圧殺されていただろう。
だが、今の彼女の瞳には、その軌道が手に取るように映っていた。
まるで止まっているかのようだ。
大きく開かれた蛇の顎へ、右手を突き出す。
体内の炉心から灼熱を汲み上げ、皮膚の裏側で極限まで圧縮する。
イメージするのは、太陽の欠片。
——解き放つ。
掌から放たれた赤熱の球体が、大気を焦がして土蛇の喉奥へと吸い込まれた。
一瞬の静寂。
直後、蛇の体内から閃光が漏れ出し、巨体が内側から破裂した。
降り注ぐ土砂は、高熱で溶けてガラス状に変質している。
その熱波と土煙を裂いて、ナーサが飛び出してきた。
鬼の形相で突き出された黒槍が、リアスピサの右目を狙う。
——遅い。
首を数センチ傾けるだけ。
風切り音が耳を撫で、切っ先が虚空を突いた。
「ガラ空きだぜ」
「なっ!」
ナーサが咄嗟に大地を蹴る。
だが、二発目の火球はすでに放たれていた。
脇腹に直撃した熱量が炸裂し、ナーサの身体を木の葉のように吹き飛ばす。
地面を転がり、受け身を取って立ち上がったナーサは、リアスピサと視線を交わした。
その真紅の瞳に浮かぶ、わずかな哀れみ。
それが、ナーサの逆鱗に触れた
「そんな目で、あたしを見るんじゃねえ……!」
激情のままに槍を振るう。
突き、薙ぎ払い、刺突。
だが、当たらない。
リアスピサは紙一重で躱し続け、そのたびにナーサの冷静さが削り取られていく。
大振りの一撃を躱され、がら空きの胴体に火球が迫る。反応が遅れ、防御した腕が焼ける。
顔を歪めてバックステップを取るナーサ。
「才能のないお前に、どうしてその熱が生み出せる!」
「心だよ」
リアスピサは自らの胸に、親指をぐっと突き立てた。
「星の内側にある核ってやつはな、途轍もなく熱いんだよ。輝く星なら尚更な」
「意味が分からない!」
「お前には熱さが足りねえってことだ」
「熱さ? ふざけるな!」
ナーサは、首元に巻かれた紫色のネクタイを乱暴に緩め、シャツの第一ボタンを引きちぎるようにして外した。
「この邦の人間にしか才能はないってのか!? ふざけるな!!」
「才能なんてねえんだよ」
リアスピサは断言した。
「あったとしても、それは越えられる壁でしかない!」
大切な友達がくれた言葉。
それを今、目の前の敵に贈る。
「……ナーサ。その壁は、お前にも越えられるんじゃねえか?」
「分かったような口を利くんじゃない!」
振り下ろされた黒槍を、リアスピサは素手で掴み止めた。
柄を通じて伝わってくる、焼け付くような憎悪。
「リアスピサ。あんた、さっき、片親と言っていたな」
「だからどうした」
「それなりに貧しい生活をしているようにも聞こえた」
「おまえには関係ないだろ」
槍に込められる力が増す。
「ちゃんと学校に通えていて、まともな食事もできているんだろ? ……その程度で貧乏ぶってんじゃねえよ!」
黒槍がリアスピサを弾き飛ばし、地面に突き立てられる。
左右の大地が壁となって迫り、リアスピサを押し潰さんと挟み込む。
——だが、無駄だ。
全身から爆発的な炎を放出し、土壁を内側から粉砕する。
土煙を裂いて、緑色の切っ先が喉元へ迫った。
のけぞりながら柄を掴む。
突き上げようとするナーサと、抑え込むリアスピサ。
拮抗する力と力。至近距離で睨み合う視線。
「リアスピサ。……スレイヴという言葉はこの世界でも『奴隷』を意味するらしいね」
「それがどうした」
「あんたは、文字通り奴隷になったことはあるか?」
「え」
思考の空白。
その隙を、ナーサは見逃さない。
握力が緩んだ刹那、槍が顔面を穿つべく突き出される。
首の皮一枚で躱すが、頬に走る熱い痛みまでは避けられない。
「ぬるま湯に浸かって生きてきたあんたたちなんかに、負けてたまるか!」
その瞳に宿る、昏い殺意。
リアスピサの背筋が冷たく凍る。
しかし——。
「——おしゃべりに夢中になりしすぎて、懐がお留守になってるよ」
耳元で囁かれた勝利宣言。
いつのまにか背後に忍び寄っていたリアマイムの手が、ナーサの腰のポーチに差し込まれていた。
「しまっ……!」
ナーサは槍を薙ぎ払うが、手応えはない。
リアマイムは既にバックステップで距離を取り、手には奪還したデシリル・アンプが握られていた。
「くそったれが」
ナーサは歯軋りし、ふたりを睨む。
そのとき、彼女の脳裏に、カスパールに言われたことがよぎった。
——君は、感情的になると自分の限界を見失いがちだ。何よりも、生きて帰ることを優先しなさい。
ふぅ、と。
ナーサは長く息を吐き出した。
肺の空気が入れ替わるたび、頭に昇った血が冷め、代わりに鉛のような疲労感が肩にのしかかる。
スレイヴは失った。敵はデシリア二体。
勝算は、ない。
殺意を心の檻に押し込め、ナーサは構えを解いた。
「……これは分が悪いね。退散させてもらうよ」
次の瞬間、ナーサの姿は陽炎のように揺らぎ、世界から掻き消えていた。
ナーサがいなくなっても、興奮からか、あるいは緊張からか、肩の力を抜くことができなかった。彼女の肩を、トントン、とリアマイムが優しく叩く。安堵の笑みだった。
そこで初めて、強張っていた肩から力が抜けた。
実感がようやく湧いてくる。
リアスピサの表情が、自然と、いつもの快活なものへと緩まっていく。彼女もまた、その右手を高く上げ、リアマイムとハイタッチを交わした。
「……やったね、星輝」
「へへっ」
リアスピサは、太陽のような笑顔を輝かせた。




