第八話「輝く星の内側」-5-
「憐れだな」
ナーサは地に伏せるリアハイリンの側まで近づき、冷たい眼差しで彼女を見下ろす。
「才能なき者には何もできないのに」
ナーサはしゃがみ、リアハイリンのポーチに手を掛ける。
「させない!」
リアマイムが水の柱を放つ。ナーサは槍を地面に突き立て、リアマイムに目を向けることなく地面から分厚い土壁を生やし、迫る水を容易く防いだ。ナーサはリアハイリンのデシリル・ジェムとデシリル・アンプを乱暴に奪い取り、自身のポーチに入れる。
その瞬間、大量の水によって土の壁が崩落した。
歯を食いしばり、ナーサを睨むリアマイム。
ナーサは、そんな彼女へ、ゆっくりと人差し指を向けた。
「スレイヴ。次はあいつだ」
スレイヴは鈍い足取りでリアマイムへ向かっていく。
彼女も、やはりスレイヴには攻撃できなかった。歩み寄る怪物へ恐怖し、彼女は一歩後ずさってしまう。
「……逃げちゃダメ」
リアハイリンの姿を思い浮かべる。スレイヴの攻撃をその身ひとつで受け止め続けた、ヒーローの勇敢な姿を。
彼女はリアマイムの援護を拒否してまで、星輝と真正面から向き合い続ける選択をした。それはきっと、無謀な勇気から来るものではない。自分自身のありのままの気持ちを、スレイヴの中にいる星輝に、ちゃんと届けたかったから。
リアハイリンの想いを無駄にしないために、自分にできることは何か。
星輝に気持ちを届けることしかない。
リアマイムは意を決し、力強く一歩前に踏み出した。
「星輝! 瑞季の言う通りだよ。もっと自分を信じて! たとえ才能というものがあるのだとしても、それは乗り越えられない壁じゃない!」
スレイヴの声も、星輝本人の声も聞こえず、リアマイムの声だけが空虚に反響していた。
「たとえ、どんなに黒くて醜い気持ちがあったとしても……! それも全部含めてあなた自身なの! 星輝のそんなところも含めて、わたしたちは星輝が大好きだから!!」
スレイヴは両手を振り上げ、ハンマーのように振り下ろした。リアハイリンへの止めの一撃と同じ動きだ。
咄嗟に水の盾を展開する。だが、巨大な質量が直撃した瞬間、盾はガラス細工のように無惨に砕け散った。
制御不能な衝撃が、リアマイムの身体を木の葉のように吹き飛ばす。
橋の西側で殴られた身体は、放物線を描いて遥か東側の土手の上へと叩きつけられた。
肺の中の空気が強制的に吐き出され、口の中に土の感触が広がる。
胸を地面に打ち付けたまま、かろうじて顔を上げる。眼前にあったのは、黒い革製のブーツだった。
「『たとえ才能というものがあるのだとしても、それは乗り越えられない壁じゃない』だ? ふざけるな」
ナーサは、虫でも見るような目で吐き捨てた。
「ジェムがあってもデシリアになれなかったあたしたち全員、その壁とやらを乗り越えられないほど怠惰だったとでも言うのか? 決死の覚悟を持って光の連邦を侵略し、空の邦の王子を追ってこの世界まで遥々やってきた、あたしたちが怠惰だったと?」
ナーサは声を震わせながら、黒槍の鋭利な切っ先を、リアマイムの右目に向ける。
「あたしのことを侮辱するのは構わないけど、ジンのことを侮辱するのは、絶対に許さない」
ゆっくりと、槍が引かれる。
切っ先が狙うのは、水晶体。
「……ジン?」
「あたしたちのボスで、英雄さ。……あの人には、必要以上に危害を加えるなと言われたけど」
ふっ、と。
ナーサの瞳から理性の光が消えた。
「ふたつ備わった目をひとつくらい抉っても、『必要以上』じゃないよなあ……ッ!」
殺意の加速。
言葉の終わりを待たず、槍が突き出される。
しかし——。
右目が貫かれるよりも早く、暴風がリアマイムの顔を叩いた。
「!?」
直後、ナーサが前方へ跳び退き、リアマイムの頭上を飛び越えていく。
それは、紛れもない回避行動。
でも、何から?
その答えは、リアマイムの目の前に突き刺さっていた。
スレイヴの拳だ。
一瞬前までナーサが立っていた場所を、巨大な拳が突き刺していた。
「どういうことだ?」
着地したナーサが、驚愕に目を見開く。
《ウチの大切な友達に、手ぇ出すんじゃねえよ》
心にその声が響いた後、本物の星輝の声も聞こえた。
「ようやく言うことを聞いてくれたようだ……。へへっ」
いつもの明るい調子の声。その響きに、リアマイムの頬を涙が伝う。
「星輝……」
「——ありがとう、優菜、瑞季。ウチを認めてくれて」
横たわるリアマイムに、温かい日光が降り注いだ。曇天に穴が空き、ちょうど橋のそばにいたスレイヴの陰の色が、ひときわ濃くなった。
スレイヴの中にいる星輝は、膝と拳を地につけた姿勢のまま、続ける。
「確かに、ウチは学校を憎んでる。新聞配達のバイトくらいしてもいいだろうが。他の学校では許されてるところもあるんだし、ウチの学校は過保護すぎるんだよ」
《ふざけるなっての。嫌われても当然だよ、あのな学校。……でも》
「一緒に学校で勉強してる仲間のことは、大好きだ。不器用なウチを、いつも優しく支えてくれる優菜。たまにちょっと変だけど、いざというときは最高にかっこいい瑞季……。もちろん好きになれないやつだっているけど、そんな奴のことなんかどうでもよくなるくらい、ウチは、ふたりが大好きだ。ふたりの力になりたい。一緒に戦いたい! その気持ちに、嘘はない!」
硬質な破砕音が響いた。
スレイヴの胸の中心を突き破り、白く細い腕が飛び出したのだ。
それは、雛鳥が殻を破るかのよう。
二本の腕がスレイヴの厚い皮膚を内側から掴み、こじ開ける。
生まれた亀裂から、星輝が這い出てきた。
おなかまで表に出たところで、彼女はスレイヴから零れ落ち、地面に転がった。
「星輝っ!」
「……へへっ」
星輝はふらつく足で立ち上がり、自分自身から生まれたスレイヴへと向き合った。ちょうど、スレイヴが橋の暗い陰に、そして、星輝が眩しい日向にいる、そんな対照的な形となった。
そして、彼女は陰へ手を差し伸べた。
「ウチは、おまえを認める。おまえも、ウチの大事な一部だから」
その瞬間、スレイヴの身体が砂の城のように崩れ落ち始めた。そして、その塵は星輝へ向かってふわりと飛んでいき、彼女に吸われていく。スレイヴの身体が完全に消えると、星輝は赤いデシリル・ジェムを握った手を、強く胸に当てた。
「デシリル・ジェム……応えてくれ……大好きなふたりを護るための力を、ウチにくれ! ウチは、ウチの汚いところまで全部認めてくれる、優菜と瑞季のために戦いたい! ふたりを護りたい! いや、絶対に護るんだっ!!」
「……あのねえ、あんたにその才能はないって言ってるじゃん」
ナーサの冷たい声を聞き、星輝は振り返る。
その瞳に宿る光の強さに、ナーサが思わず一歩後ずさった。
「な、なんだよその目は。雑魚のくせに」
気圧されている。
だが星輝は、もはや彼女の言葉に揺らぎはしなかった。
脳裏に蘇る、瑞季の言葉。優菜の言葉。そして、父の言葉。
——死にも狂いの努力の結果、もし、その資格とやらを得られなかったとしても、別の何かは得られたはずだ。
星輝は魂の限りに叫んだ。
「デシリアになれなくたっていい! それでもウチは、優菜や瑞季と一緒に、戦い続けるんだ!!」
決意の咆哮と同時。
彼女の胸の前で、視界を白く染めるほどの閃光が炸裂した。
ナーサがたまらず目を逸らす中、星輝はその光をまっすぐに見据え、力強く鷲掴みにした。
掌に感じる、硬質な感触。
デシリル・アンプだ。
心の奥底から、マグマのような熱い炎が噴き上がるのを感じた。
「そんな、馬鹿な……」
ナーサが呆気に取られる中、星輝は紅蓮に輝くデシリル・ジェムをアンプへと叩き込む。
純白の光が彼女の全身を包み込んだ。
星輝が高らかに指を鳴らす。
左手のデシリル・アンプが爆炎に包まれ、回転しながら巨大な炎の輪へと変貌した。
それを掴み、頭上へ投げ上げる。
星輝は大地を蹴り、その燃え盛る輪へ向かって跳躍した。
炎の輪をくぐり抜ける刹那、光が質量を伴って彼女の身体に吸着する。
真紅を基調とした勇ましいドレス。
腰には活動的な赤無地のスカートが翻り、脚は燃えるような紅色のタイツと、黒いブーツに覆われる。
輪を抜け切った背中に、黒地に金の装飾が輝くジャケットが舞い降りた。
彼女は空中で、炎の輪の縁を足場にするかのように左足を乗せた。天秤のように前部が跳ね上がり、そこへ右足を乗せて不敵に腕を組む。
その姿はさながら、荒波を越える海賊船の船長。
舞い上がる茶髪が赤い光に包まれ——弾けた。
現れたのは、炎そのもののように揺らめく紅色の髪。後頭部でリボンに束ねられ、熱気を帯びてなびいている。
火の輪から飛び降り、ブーツをカツンと鳴らして着地する。
その衝撃で、炎と煙が天を衝く柱となって噴き上がった。
炎の輪は瞬時に収束し、デシリル・アンプが左腰のポーチに収まる。
掲げた左腕を振り下ろし、陽炎を切り裂くように名乗りを上げた。
「『デシリアの 情熱煌く魂は 如何なる者にも消せはしない』」
一陣の熱風が、周囲十数メートルに吹き荒れる。
「『燃え上がる心、リアスピサ!』」




