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黎明のデシリア  作者: 中條利昭
第八話「輝く星の内側」

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第八話「輝く星の内側」-1-

 高梁星輝たかはしてんしは眠ることができないまま翌朝を迎えていた。目を瞑ってはいたが、頭の中に色々な気持ちがなだれ込んできて、一晩中眠気が発生しなかった。そのまま外が明るくなってきてしまい、彼女は睡眠を諦めて身体を起こす。

 頭はぼーっとし、身体はだるかった。カーテンを開けると、窓の外には仄かな朝日に照らされた曇り空が広がっている。

 ふと道路を見下ろすと、向かいの一軒家の前に自転車が止まった。自転車に乗っていたのは星輝と同じくらいの歳の少女だ。彼女は後ろ籠から新聞紙を取り出し、郵便受けに入れた。そのまま自転車を走らせ、星輝の視界から去っていく。

「いいな」

 星輝は呟く。

「ウチの学校は新聞配達すら禁止なのに」

 再びベッドに腰掛け、正面に飾られたエレキギターを眺める。赤のボディに黒い縞模様の入ったダブルカッタウェイのギター。二年前の誕生日に両親から買ってもらい、以降愛用し続けている彼女の相棒だ。

 気分転換に弾いてみようかと考えるが、この寝静まった時間ではヘッドホンで音を聞いたとしても、弦の生音は廊下まで聞こえるかもしれない。

 これから、朝当番のため起きてくる父親に、眠れていないことを悟られたくないため、彼女はそのまま寝転がった。


 結局一睡もできないままアラームが鳴り、着替えて部屋を出た。一階の台所から包丁で野菜を切る音が聞こえる。階段を降り、台所に顔を出した。

「おはよう、星輝」

 父が振り返り、笑顔で挨拶した。

「おはよう」

 星輝の表情を見て、父は笑顔を消して眉を八の字に曲げた。

「元気なさそうだな」

「うん」

「そうか。朝ご飯食べる余裕はあるか?」

「ちょっとくらいなら」

「分かった。朝ご飯できるまでゆっくり待ってな」

 星輝は無言で頷き、洗面台へ向かって歯を磨いた。いつもより短時間で歯磨きを済ませ、ダイニングへ戻る。そのままひとりで座り続ける気にもなれず、台所へ向かい、長ネギを切る父の背中に話しかけた。

「どうにかして、学校に黙ってバイトできないかな」

 星輝には父の答えなんて分かりきっていた。それでも、その感情を誰かに吐露しないと心が耐えられなかった。

 父は包丁を動かす手を止め、包丁を置いた。振り返り、星輝の目を覗く。星輝は申し訳なさそうに斜め下を向いていた。

「何度も言ってるけど、父ちゃんは中学生のアルバイトには反対だ」

 星輝はぴくりとも動かない。

「家計のことを考えてくれているんだろ? それは嬉しいけど、父ちゃんにとって、星輝は弟たちと同じ子供だ。学校でやるべきことと、友達を大切にすることに専念してくれ。学校がアルバイトを許可しているのなら検討するけど、そうでないなら大人として許可することはできない」

 これまで口酸っぱく言われ続けてきたことだった。四人の子を背負う大黒柱である父のそのようなところを星輝は尊敬しているが、一緒に支えたいという気持ちを抱えてもいた。父は娘の気持ちを知った上で、あえて突き放している。

「大人になって新しくできるようになることなんて、仕事と、ちゃんと勉強しておけばよかったって後悔することだけなんだ。好きなだけ父ちゃんを利用していいから、今は今しかできないことを精一杯楽しんでほしい」

「せめてあきらに服を買ってあげたいんだ」

 星輝の回答を聞き、父は小さく息をつく。

 父の発言の文脈を半ば無視して願望を口にするのは彼女らしくない。精神的にすり減っていることが、父に強く伝わった。

「そうか。星輝のお古ばかりだもんな。よし、お金は父ちゃんが出すから、買ってきてやれ」

「父ちゃんもそんなにお金の余裕ないんだろ? ダメだって」

「父ちゃんの財布事情なんて気にするな。大丈夫だ。お前たちがいる限り、父ちゃんがなんとかしてやるから」

 父はシンクに水を流し、手をゆすぐ。タオルで水気を取り、台所を出た。自室に戻ったらしい。十秒ほどすると足音が近づいてきて、一万円札を手にした父が戻ってきた。

 その一万円札を星輝に差し出す。

「ほら」

「こんなに」

「これだけしかないけど、一着でも二着でも何着でも買ってやれ。お釣りはいらないからな。父ちゃんから貰ったお金だってことは言うんじゃないぞ。星輝からのプレゼントなんだから」

 その一万円ぶん、父ちゃんは何を削るんだよ——。

 父の優しさが嬉しくもあったが、お金稼ぎできない自分が情けなくて苦しかった。羞恥心さえある。父の手を振り払いたくなる衝動に駆られるが、星輝はそれを抑え、左手で黙って受け取った。

 父は再びまな板の長ネギに向かい合い、切り始めた。

 その広い背中に、星輝は問う。

「父ちゃんはさ。もし、周りのみんなが力を合わせて戦っていて、自分もその一員として戦いたいのに、資格がないって言われたら、どうする? おまえは離れて仲間たちの背中を見ることしかできない、って言われたら」

 父は再び手を止めて黙った。星輝の質問の意図がうまく読めないのだろう。実際にはそのままの意味だが、何かの遠回しな比喩かと考えたかもしれない。

 しかし、数秒の沈黙の後、何事もなかったように手を動かし始めた。

「……資格ってのが何なのか分からないけどさ、それを得るために頑張るしかないんじゃねえかな」

「その資格が、絶対に自分には手に入らないものだとしたら」

「『絶対』なんてものは絶対にない、って言い聞かせる」

 とん、と力強く長ネギの最後の一欠片を切り、鍋に入れた。

「——ってのはさすがに陳腐な表現かね」

 優菜や瑞季ならそう言いそうだな、と星輝はぼんやりと思った。

 父は続ける。

「死にも狂いの努力の結果、もし、その資格とやらを得られなかったとしても、別の何かは得られたはずだ」

「別の何か?」

「例えば、期末テストに向けて必死に勉強したとして、勉強したものすべてがテストに出るわけじゃないだろ? 結果論だけで言えば、勉強した時間の大半が点数とは直接関係しないもんだ。でも、テストのために勉強したことが、まったく別の場面で役に立つこともある。大人になった後の、話のネタとかな」

 父は手を水で洗い流し、タオルで拭いて振り返る。腰に手を当て、優しい眼差しで星輝を見つめた。

「昔大嫌いだった勉強が、生涯を添い遂げたいと思うほど大切な人や、愛する我が子との一時の話のネタになるなら、それは立派な成果ってもんだ。悲観するこたあない。だから、自分を信じて突き進めばいい。無駄にはならないさ」


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