表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
黎明のデシリア  作者: 中條利昭
第一話 ヒーロー

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

5/21

第一話「ヒーロー」-5-

 これでよかったんだ。

 瑞季は自分に言い聞かせる。

「私は、関係ない」

 ヒナとは八年の付き合いだ。でも、所詮はぬいぐるみ。突然喋り出したことも、王子だと言われていたことも、スレイヴのことも、巨体の男のことも、関係ない。このまま去れば、全部最初からなかったことになるだけ。

 アパートの角にスクールバッグが落ちていた。スレイヴを見て驚いた落としたバッグだ。

 あれを拾って、帰るんだ——。

 家に帰って、お絵描きして、ご飯食べて、お風呂入って。嫌々宿題して、寝て、眠たい目を擦って学校に行く。そんな、昨日まで当たり前にあった日常に戻る。

 たったそれだけ。

 そのとき、地面が揺れ、地響きに足を取られた。膝をつき、立ち上がらずに俯く。

 振り返らない。絶対に振り返らない。

 私は関係ない。何も知らない。

 何度も何度も言い聞かせる。

 言い聞かせるということは。

 それが本心ではないということ。

「……っ」

 ——スレイヴに捕われた者の声に耳を——心を傾けてほしいニャ。

 そのヒナの言葉が、ずっと気になっていた。

 声なんて聞こえない。

 だが、なんとなく、その気持ちが分かる気がした。

 ついに振り返ってしまう。

 怪物は勇ましい姿をしているものの、背中を丸めて破壊を続ける姿は、どこか哀しかった。まるで子供のようだ。

「あ……」

 ずっと、スレイヴの姿には既視感があった。

 遠くから見て、ようやくその正体に気づく。

 あのスレイヴの姿は、文字通り『ヒーロー』なのだ。

 おそらく炎っぽいデザインは今年のライダーだ。甲冑のイメージは、去年のライダーによく似ている。

「そっか……」

 あのスレイヴの中にいるのは、本当に子供なのだ。そう思うと、いくら身体が大きくても、静かに泣きながら拗ねている男の子にしか見えなくなった。

「たぶん——」

 その子は、テレビで活躍するヒーローが実在すると信じていたのだ。しかし、それが作り物だと知ってしまった。学校のクラスメイトに笑われてしまったのかもしれない。

 努力すれば憧れの人に近づける。必ずなれる。

 ヒーローたちが訴え続けてきたその希望が、現実に打ち砕かれてしまったのだ。

「って、ほとんど昔の私じゃん、それ」

 何の根拠もない。けれど、確信があった。

 あの子は、私と同じだ。

 そして、脳裏に蘇る。初めて憧れた、ヒーローの言葉が。


 あれは幼稚園の頃。友達とケンカし、酷いことを言ってしまった罪悪感と、謝るのが怖い気持ちで、瑞季は心を閉ざしていた。

 そんな朝、偶然流れていたアニメ。これまで見たこともなかった、女の子が変身するヒーローもの。

 そこで聞こえたのだ。「みずき」と、自分と同じ名前が。

 画面の中の小学生「みずき」も、親友とケンカして、一方的に自分が悪いと悩んでいた。なんて偶然だろうと、瑞季はテレビに釘付けになった。

 物語のクライマックス。怪物が現れ、姉である主人公がヒーローに変身して戦う。その危地に、妹の「みずき」が駆けつけてしまう。

 敵の攻撃から、主人公が華奢な妹を庇った。ボロボロになりながら、彼女は振り向きもせずに言う。

「私なら、だいじょうぶ。さあ、逃げて」

「ごめんなさい……」

「あなたが謝りに来たのは、私じゃない。違う?」

 そこへ、敵の怪物が駆け寄り、拳を放った。盾使いの仲間が盾を作るが、それはあっけなく破れ、主人公たちはそれを全身で受け止めた。

 主人公たちの足が土を抉りながら、少しずつ後退していく。このままでは受け止めきれず、押し潰されてしまう。

 そこへ、「みずき」が叫んだ。

「がんばってえええええええええええええ!!」


 あの日の叫びが、今、瑞季の背中を押した。

 大切なものを護るために、彼女は駆ける。

 前を向くと、吹き飛ばされて転がるヒナが見えた。砂塗れで、ボロボロだった。瑞季に気づいている様子はない。

「王子くん。そろそろ、おしまいだね」

 メルキーヴァは、近づいてくる瑞季のことなど眼中にないらしい。

 スレイヴが足を上げ、ヒナを踏みつけようとしていた。

 巨大な足が落とされる。

「ヒナ!」

 瑞季は跳んだ。

 ヒナを抱きしめ、振り下ろされる巨大な足裏と地面の間を、滑り込むように駆け抜ける。

 足の先を衝撃波が掠める。潰された空気が砂塵を巻き上げ、ただの女子中学生の身体を空き缶のように吹き飛ばした。

 全身をアスファルトに打ちつけながらも、歯を食いしばる。

 腕の中の温もりだけは、絶対に離さない。

「瑞季!」

 全身が焼けるように熱い。

 それでも瑞季は、痛みをこらえて微笑んだ。

「ごめんね、ヒナ」

「瑞季……どうして」

「やっぱり、嫌だったから。大好きなヒーローに教えてもらった勇気から、目を逸らしたくなかったから」

 起き上がり、のそのそと近づいてくるスレイヴを刮目する。

「あなたの心を、聞かせて」

《もう嫌だ》

 男の子の声が、脳内に直接響いた。

 瑞季は、心を澄ます。

《つらい……》

 スレイヴの咆哮の奥で、少年の魂が確かに泣いていた。

「何があったの?」

《騙された。ヒーローになれるって信じてたのに……全部、嘘だった》

「……そっか。やっぱり、君と私は似てるね」

 瑞季は、柔らかく語りかける。

「私、あなたと、もっと話がしたいな。だから、近寄らせて」

 柔らかく語りかける。

 彼女はにじり寄る怪物へ手を伸ばす。怖くないといえば嘘になる。しかし、顔をこわばらせないように意識する。

「瑞季……」

 心配するヒナへ、瑞季は微笑みかけた。

「テレビアニメの世界に入ったみたい」

 彼女たちも、この声を聞きながら戦っていたのだろうか。


「がんばってえええええええええええええ!!」

 妹のエールを背に、物語の主人公たちは気合を叫びながら、怪物の拳を打ち返し、怪物の体勢を崩させた。そこへ必殺の浄化技を唱え、怪物の浄化に成功する。

 戦いの後、主人公は妹の前にしゃがみこんだ。

「怖いの。許してくれるかな……」

 泣きそうな妹の頭を撫でて、ヒーローは微笑む。

「今度は私があなたに勇気をあげる」

 彼女は妹の手を強く握った。

「だいじょうぶ。——あなたには、私がいる。怖くなったときは、この手のあたたかさを思い出して」

 その言葉と手の温もりが、画面を越えて、幼稚園児の瑞季の心まで届いた気がした。

 あの日、瑞季は勇気を出して友達に謝り、仲直りできた。

 それからずっと、彼女たちの諦めない心が、瑞季の中に確かに残っている。

 そして今、あのスレイヴの中にいる男の子も、かつての自分と同じように——。


 スレイヴの中にいる男の子へ、瑞季は正面から立ち向かう。

「私が憧れた人たちは、絶対に諦めなかった。苦しんでいる人を、絶対に見捨てたりしなかった」

 胸に手を当て、心のままに言葉をぶつける。

「だから、私も諦めない」

 あのとき、ヒーローが瑞季を助けてくれたように。

「今度は、私があなたを助ける!」

 その叫びが、奇跡の引き金だった。

 瑞季の手元が、まばゆい光を放つ。

 光の中から現れたのは、純白の宝石と、複雑な紋様が刻まれた白い板。

「なに、これ」

 ヒナは目の前の光景に驚いているのか、声を失っていた。

 指示がなくても、瑞季は自分がやるべきことを理解していた。

 導かれるように、宝石を板にめ込む。カチリ、と手応えがあった瞬間、白い板は風と化し、瑞季の身体を奔流となって包み込んだ。

 光の中で、制服が霧散する。

 現れた素肌に、絹のような白い布が滑り、手甲と具足を形作る。

 天から降る光輪が、その身体を洗い清めるように天から地へ向かって通り抜けていく。

 小さな羽飾りが肩に芽吹き、薄桃色のリボンが胸元で揺れた。

 ミニ丈のスカートがふわりと広がり、腰には純白の大きな蝶結びが咲く。

 地面に辿り着いた光輪は、今度は勢いよく風を発し、天へ昇っていく。

 光を吸った黒髪は、腰まで伸びる桃色がかった銀髪へと変貌する。つむじ風が、金色の剣を模したヘアピンとなり、その髪を留めた。

 風が凪ぐ。

 右手を正面へ。

 風を握り、心臓の前へ。

「『デシリアの 穢れを裁く魂は 如何なる者にも染められない』」

 純白の閃光が、世界を塗りつぶす。

「『透き通る心、リアハイリン!』」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ