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黎明のデシリア  作者: 中條利昭
第七話「選ばれなかった者たち」

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第七話「選ばれなかった者たち」-7-

 誰もが息を詰めて、星輝の魂からの叫びに注目していた。牽制し合っていたはずのリアハイリンとナーサさえも攻撃の手を止め、固唾を飲んで見守っている。

 しかし——。

 ——カラン、と。

 乾いた音がひとつ、アスファルトに転がった。

 何も起きなかった。

 悲痛な叫びは空に吸われ、赤いデシリル・ジェムはただの赤い石ころとして、星輝の手から滑り落ちただけだった。

 その、永遠にも似た静寂を引き裂いたのは、スレイヴの咆哮だった。

 無防備な背中目掛け、音速の鞭が振り下ろされる。

 星輝は動けない。絶望に染まった瞳で、死の接近を見つめることしか——。

「星輝っ!!」

 肉が弾ける、生々しい音が響いた。

「……ぁ」

 星輝の目の前で、水色の華奢な背中が鮮血に染まる。

 リアマイムだ。

 彼女は身を挺して鞭を受け止め、その衝撃でアスファルトに叩きつけられていた。

「……マイム! マイムっ!」

 痛みで朦朧とする意識の中、リアマイムは星輝の必死な声を、どこか遠くに感じていた。

「星輝……」

 まだ気を失うわけにはいかない……!

 ぼやける視界の中、アスファルトに手を突き立て、力を入れる。膝を立て、太ももに力を入れるが、うまく力が入らない。

 そのとき、身体が誰かに支えられたのを感じた。

 星輝だ。

 星輝の力を借り、なんとか立ち上がることに成功した。

「ありがとう、星輝……」

 か細い声で礼を言うも、星輝は目を逸らし、何も答えない。その横顔は、これまでに見たこともないほど暗かった。

「……もう、大丈夫だから。危ないから隠れてて」

 そう言うのが精一杯だった。

 星輝は黙って頷くと、リアマイムの背後、安全な方向へと、とぼとぼと歩き去っていく。

 何か言葉をかけようとしたが、この状況でかけるべき適切な言葉が見当たらなかった。


「……ふん、焦って損したよ」

 ナーサが槍で地面を叩くと、リアハイリンの足元が爆発的に隆起した。

 打ち上げられた彼女へ、空中から槍を突き出す。

「才能なき者は悲しいねえ」

 穂先が首筋を捉える——寸前、横合いから水の弾丸が飛来した。

 ナーサはそれを鬱陶しそうに払い落とす。

「——才能なんて、そんなもの、どこにもないっ!!」

 ふらつく足で立ち上がったリアマイムが叫ぶ。

 羨望の眼差しを向けられ続け、自分が人一倍努力して得たものが、生まれつき持っていたものだと周囲から見做されてしまうことも珍しくなかった彼女は、才能という言葉が大嫌いだった。

 死にもぐるいで正しい努力すれば、必ず報われる。

 才能なんて幻想だ。

 そう自分に言い聞かせて努力を積み重ねてきた彼女へ、ナーサは冷徹に言い切った。

「あるんだよ、才能は。残念ながらね」

 言葉尻が、怒りで震えている。

 着地と同時、ナーサの姿がブレた。

 言葉の代わりに、殺意の連撃がリアハイリンを襲う。

「あんたたちデシリアが、何よりの証左だ」

 かろうじて防御するリアハイリンだが、その重みに腕が悲鳴を上げる。

「どういうこと?」

「才能という言葉が嫌いなら『適性』と言い換えてもいい。デシリアは、誰にでもなれるものではないし、ましてやどの属性のデシリル・ジェムでも使えるはずはない。ヘヴンの全員が全属性のテストをしたけど、ふたつ適性があったのはひとりだけで、他はみんなひとつずつ」

「その適性っていうのは、何で決まるの?」

 リアマイムが尋ねる。

「さあね。自分で考えれば?」

 ナーサは嘲笑い、そして——表情を一変させた。

 首元のネクタイを引きちぎり、シャツのボタンを弾け飛ばす。

 露わになったのは、喉元を締め付ける黒い革のチョーカー。

「あたしにはあったんだよ! 地の適性が! でもなれなかった! 精霊がいようがいまいが、結果は変わらなかったんだよ!!」

 激昂と共に繰り出された一撃が、リアハイリンの防御をこじ開け、頬を切り裂く。

「成り行きで! 苦労もなく! 簡単にデシリアになって! 才能たっぷりの恵まれたあんたたちが……! 羨ましくて羨ましくて殺したい限りだ!!」

 その瞳には、紛れもない殺意と、それ以上に深い嫉妬の炎が渦巻いていた。

 リアハイリンは言葉を失う。

 どんな言葉も、この激情の前では油にしかならない。

「……何か言ってみろよ! 能なしの哀れな女だって罵ってみろよ!!」

 ナーサの悲痛な怒号は、後方で必死に援護を続けていたリアマイムの心にも、どんよりとした重たい影となって、響いていた。

 先ほどのスレイヴからの攻撃で、まだ頭がくらくらとしている。

「ぼーっとしてる暇なんて、ない……!」

 両手で自分の頬を、ぱちん、と強く叩いた。

「そういえば、スレイヴは——」

 リアマイムは、ふと思い出したように、スレイヴへと視線を向けた。

 ぴたりと静止していた。

 こちらに攻撃を仕掛けてくるわけでもなければ、防御体勢を取っているわけでもない。

「もしかして、ずっとナーサが操ってたってこと?」

 思えば、スレイヴがずっと動き回っていたのは、ナーサが街灯の上に座っていたときだけだった。ナーサが戦いに参加してきてからは、補助的な立ち回りが中心だった。

「戦いながら操作するのが、難しかったからってことかな」

 現在、怒り心頭のナーサの頭に、スレイヴを動かすバッファはなく、スレイヴは停止してしまっているのではないだろうか。

 メルキーヴァのときは、スレイヴがこのような挙動をとることはなかった。

「第二世代スレイヴは、素体の黒感情がエネルギーになるから、召喚主の意思に関係なく動けるけど……、第一世代は無機物を使うから、召喚主が操る必要がある、ってことかな」

 何はともあれ、このチャンスを見逃すわけにはいかない。

 リアマイムは、デシリル・アンプから身体に浄化のエネルギーを入り込ませる。その清らかなエネルギーが全身を満たすと、彼女は静止したままのスレイヴに、その白い手を向けた。

「『黒き感情、流れゆけ』」

 皮膚の裏で震えるエネルギーを、一斉に放出する。

「『デシリア・フライト・シャワー』!」

 閃光と共に、大量の水飛沫が放射状に出力され、スレイヴを包み込む。

 眩い光がゆっくりと消えると、そこには、何の変哲もない、一本の大きなソメイヨシノの木が、静かに立っていた。だが、その根は地面に深く入り込んではいない。アスファルトの上で、その幹を自立させることができるはずもなく、やがて、轟音を立てて倒れた。


「——しまった!」

 スレイヴの操作を失念していたナーサが舌打ちし、大きくバックステップを取る。

 ナーサは地面に唾を吐く。

「やっぱり、第一世代は面倒だね」

 リアハイリンは、リアマイムが静かに近寄ってくるのを、気配で感じていた。

 ふたりは再び肩を並べ、たったひとりになったナーサへと対峙する。

 こちらがふたりに対し、ナーサはひとり。状況は優勢だが、リアハイリンの指先はかすかに震えている。ナーサの怒号が耳から離れてくれないのだ。

 ——才能たっぷりの恵まれたあんたたちが……! 羨ましくて羨ましくて殺したい限りだ!!

 歯を食いしばり、鋭い三白眼で睨みつけてきたナーサの姿に、リアハイリンは確かに畏怖していた。

 ナーサは右足を一歩下げる。

 来る——リアハイリンが身構えた、そのときだった。

 そのとき、ナーサの肩がビクッと痙攣した。彼女は構えたまま、左手を耳に手を当て「はい」と応えた。

 ピクリ、とナーサの肩が跳ねた。

 彼女は殺気を霧散させ、左手を耳に当てる。

「はい……テストは合格……はい、承知しました」

 インカムか何かで受け答えする彼女の声からは、殺意が消えていた。

 通話を終えると、彼女の手の中で黒槍が光の粒子となって消えた。

「さて。あたしの役割は終わったから、帰るよ」

「え」

「じゃあね。次こそは、デシリル・ジェムを全部掻っ攫ってやるから、首を洗って待ってな」

 言い捨てた瞬間。

 フッ、と。

 テレビの電源を切るように、ナーサの存在が世界から消失した。メルキーヴァと同じ消え方だ。

 あまりに唐突な幕切れに、リアハイリンは構えを解くことすら忘れ、虚空を凝視し続けていた。

「……ハイリン」

 変身を解いた優菜に声で、ようやく呪縛が解ける。

「あ……ごめん」

 変身を解き、周囲を見渡す。

 星輝は——。

 ビルの日陰、冷たいアスファルトの上で、彼女は小さくうずくまっていた。

「星輝……」

 瑞季がおそるおそる声をかけても、反応はなかった。

 再び、沈黙がその場を支配する。

 やがて、星輝は袖で乱暴に顔を拭うと、震える足で立ち上がった。

 その表情は、長い前髪に隠れて見えない。

「……すまん。ひとりにさせてくれ」

 それ以上は何も言わず、星輝は瑞季たちに背中を向け、とぼとぼと歩き去っていく。

 瑞季たちには、かける言葉も見つからない。ただ、遠ざかる孤独な背中を、黙って見送ることしかできなかった。



(第七話「選ばれなかった者たち」了)

第八話「輝く星の内側」 2026/3/28 8:00投稿予定

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