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黎明のデシリア  作者: 中條利昭
第六話「新たなヒーローの誕生を」

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第六話「新たなヒーローの誕生を」-6-

 真っ白な光の奔流と不可視の気の塊が、神殿の中央で激突する。

 暴風が荒れ狂い、ひび割れた石柱が飴細工のように砕け散り、欠片が鉛筆のように転がっていく。塵や石屑は、瞬く間に砂塵となって舞い上がり、ふたつの絶対的な力の衝突点を覆い隠す。

 力は拮抗していた。互いに一歩も引かず、ただ踏ん張り続ける。

 リアハイリンの視界にはデシリア・クリア・スクリームの真っ白な光しか見えない。しかし、彼女はその手を通して、まったく別の色を見ていた。黒に青が滲んだような、とても寂しい色だ。

 それは、メルキーヴァの孤独の色。

「メルキーヴァ。……ようやく分かったよ。あなたは、ずっと寂しかったんだね。だからヘヴンの一員になったんだ」

「黙れ!」

 メルキーヴァは、喉が引き裂かれてしまいそうな声色で、叫んだ。

「分かったようなことを言うな! 俺の周りには、俺の力を気味悪がる奴と利用しようとする奴しかいなかった! そんな連中の仲間になりたいなど、思うはずがないだろうがっ!」

 メルキーヴァの放つ気の奔流が、怒りに呼応し、一段とその大きさを増した。

 純白の光を、徐々に押し潰していく。

「まずい……! このままじゃ……!」

 リアハイリンが、悲鳴に近い声を上げる。

 その瞬間、

「『黒き感情、流れゆけ。デシリア・フライト・シャワー!!』」

 リアマイムもまた、残された最後の力を振り絞り、青い光の奔流を放った。その光は、デシリア・クリア・スクリームの純白の光を補強するかのように、優しく包み込んだ。

 再び、ぶつかり合う巨大な力が均衡を取り戻す。

「まだまだこんなものじゃないぞ……俺の力は!」

 メルキーヴァは声にならない声を上げ、さらに気を増幅させる。

 そして、彼の気はひと回り以上大きくなり、デシリアふたりの大技を食い始めた。

「負けて……たまる、かぁぁぁ……っ!」

 リアハイリンもリアマイムも、奥歯を食いしばり、踏ん張り続ける。

 だが、その差はもはや歴然だった。


 後方で、固唾を飲んで戦況を見守っていた星輝には、彼女たちが押されているのが、はっきりと見えていた。

「ハイリン……! マイム……!」

 ヒナが心配の声を漏らしたとき。

「——やるっきゃねえ」

「……星輝?」

「ヒナはここで待ってな」

 星輝が飛び出した。暴風の中へ一直線に。

「星輝!」

 ヒナの叫びは、暴風と雄叫びに掻き消され、誰の耳にも届かなかった。

 星輝はまっすぐ走り続ける。

 リアハイリンとリアマイムは、もう限界だった。ふたりがかりの渾身の攻撃が、じりじりと押し返され続けている。もう五秒ももたない。

「もう、ダメ……」

「——ダメじゃねえっ!!」

 諦めかけた仲間へ叫び、ボロボロの体を支え合うふたりへ、飛びかかった。

「星輝っ!?」

「どうして!?」

「一か八かの、大博打だっ!!」

 その途端。

 ふたりの浄化技が、不可視のエネルギーに完全に飲まれた。衝突によって生まれた暴風が、三人の身体を包み込み、膨大な砂塵を巻き上げながら、大爆発を引き起こした。


 強大な爆風を正面から受けながら、メルキーヴァは両足を踏ん張らせていた。

 次第に風が弱まっていくと、耐えきれなくなり、とうとう両手と右膝を地につけてしまう。

 肩で息を切らせ、デシリアたちへ目を向ける。

 濃い砂煙が巻き上がっているため、彼女たちの姿は見えない。

 しかし、あれを受けて無事でいられるはずはない。

「俺にあれを打たせたとは……大したものだよ。でも、届かなかったか……」

 そのとき、彼は砂煙へ近寄るヒナの姿を見つけた。かすむ視界には、ヒナの背面しか見えない。

 ヒナは、じっと砂煙を眺めている。

「王子よ」

 メルキーヴァは足を引き摺らせながら、ヒナへにじり寄ってていく。

「どうだ……。目の前で希望が打ち砕かれた気分は」

 ヒナがゆっくりと振り返る。

 眉を八の字に曲げた小さな顔にあった感情は、仲間を失ったことへの怒りや悲しみ——ではなく、目の前の男に対する、哀れみのようなものだった。

「……なんだ、その目は」

「メルキーヴァ。……油断するには、ちょっと早いニャ」

「なに?」

 煙が晴れていく。そして、ようやく、その奥にある巨大な柱の姿が、薄らと見え始める。

 そこに倒れているはずの少女たちの姿が、なかった。

「——『黒き感情、無に帰せよ』」

 背後からの凛とした声。

「なっ!?」

「『デシリア・クリア・スクリーム!!』」

 振り返った先、至近距離に三人の少女がいた。

 傷だらけの戦士たちと、その中心で瞳を輝かせる女子中学生。

 デシリア・クリア・スクリームの勢いは先ほどよりもずっと弱い。しかし、至近距離に立つ満身創痍のメルキーヴァには防ぐ手段もない。

 視界が白に染まりながら、メルキーヴァは気づく。

 彼女たちのいる地点が、彼女たちがこの仮想空間に入場した地点だと。

「——緊急退場か!」

 緊急退場は、仮想空間コンクラムに標準実装された安全のための機能だ。誰かが身の危険を感じたときなどに緊急退場の意を唱えると、ヘヴン社へ強制送還し、安全を確保するためのもの。

 ここでは脱出を不可能にしており、緊急退場の意を唱えても外には脱出できず、代わりにこの空間の入り口に飛ぶことになっている。

 メルキーヴァの立つ地点が入り口付近だと気づいたのは、デシリアではなく、三人目の少女。爆発の直前で、緊急退場の意を唱えたのだろう。

 それは、客観的に状況を見守っていたからこそ見出せた作戦。

「……そうか」

 サポートする仲間と共に窮地を乗り越えられ、逆境を利用して敵を打ち砕く。

 それは、メルキーヴァが密かに憧憬を抱いていた光景だった。

 誰にも聞こえないほど小さな声で呟く。

「……君たちの芽をすぐに摘まなかったのは、そのせいかもな」

 メルキーヴァの頭に、走馬灯のように様々な景色が蘇る。

 類まれなる強靭な肉体を持ち、超能力をも操る彼は、物心がついた時から周囲に不気味がられていた。できる限り明るい性格を演じ、周囲と溶け込めるよう心がけたが、それが一層彼を怖がらせることとなった。

 初めて出会った相手と打ち解けあっても、どこからか彼の特殊な能力の噂が相手の耳に伝わり、恐れながら離れていく。

 軍でなら活躍できるはずだと信じて軍人になったが、軍人仲間からも「生まれつき卑怯な能力を持ってて羨ましいぜ」などと妬まれ、蔑まれることとなる。

 それでも、ひたむきに軍人としての努力を続け、ついに軍の長官が彼に近づいた。

 メルキーヴァは彼からの個人的な依頼を淡々とこなし、彼の地位を利用して将軍にまで上り詰めた。すると、周囲からは賞賛どころか「偉い人に媚びて成り上がったヘタレ」というレッテルを貼られることになった。

 地位と名声こそ得られたが、彼は常に孤独だった。その孤独こそが己を強くするのだと言い聞かせ、今に至る。

 メルキーヴァは自分の足跡を思い出し、思う。

 孤独が至高の強さだと言い聞かせていたということは、本当はそれが強がりだと気づいていて、そこから目を逸らしていたということ。

 共に高め合える仲間の存在こそが、真の強さなのだと、心のどこかで気づいていながら。

「……ははっ。……俺の負けは、最初から決まってたってわけか」

 空っぽな心の穴が、温かくて優しいもので埋まっていくのを、確かに感じながら……。

 迫る純粋な光に、その身を委ねた——。


 光が消えると、砂煙さえ立たない静かな空間が残った。

 沈黙の中で、リアハイリンの耳には自らの呼吸音だけが入ってきている。

 メルキーヴァは倒れていた。リアハイリンたちに足を向け、仰向けで大の字になっている。

 足を引きずりながら、彼に近づく。

 その音を聞いたメルキーヴァが、目を閉じたまま口を開けた。

「俺の負けだ、お嬢ちゃんたち……。約束通り、もう二度と君たちの前には現れない」

 リアハイリンはメルキーヴァを見下ろす。胸が大きく上下しており、疲れているようには見えるが、目立った外傷はリアハイリンが直接攻撃したときのもの以外はなかった。デシリア・クリア・スクリームはほとんど外傷を与えず、力を奪う攻撃なのかもしれない。

 また、彼の表情は、どこか清々しかった。

「俺は、負けたかったのかもな。全力を尽くしても敵わない相手を、求めていた。——さあ、これでゲームは終わった。……数秒後、君たちは元いた場所に戻るだろう」

 すると、メルキーヴァの姿が虹色の光に包まれ始めた。足先から頭に向かって光が伸びていく。

 リアハイリンは、自身の足も同じ状態になっていると気づく。

 リアマイムと星輝、ヒナ、遠くで横たわる莉照も光に包まれていた。

 ヒナが、消えかかるメルキーヴァへ語りかける。

「メルキーヴァ。本当にいいのかニャ。おぬし……」

 ようやくメルキーヴァは目を開く。とても満たされた眼差しだった。

「王子……感謝する。おかげで楽しめたよ。あとは……せいぜい頑張れよ」

 彼を包む光は、ついに彼の顔をも隠した。

「達者でな」

 その一言を最後に、光は消える。

 この空間にはすでに誰もいない。

 仮想空間に浮かぶ決闘場は閉じられ、消去された。


           ◆


 気づけば、瑞季は公園に立っていた。

「あれ?」

 一瞬前まで見ていた景色はどこにもなく、彼女の手には金色の鍵だけが残っていた。

 すぐ目の前には星輝と優菜、ヒナ。

 長い夢から冷めたような感覚。しかし、そばのベンチの上には莉照が眠っている。

「か、勝ったんだよね? 私たち」

「うん。もちろんだよ」

「ああ、ウチらの勝利だ」

「勝利だニャ。瑞季。優菜。星輝。本当にありがとうニャ」

 ヒナは宙に浮いたまま、こくりと頭を下げた。

「ぼくの邦のことに首を突っ込ませてしまったのに、こんなに頑張ってくれるなんて、最初は思ってなかったニャ。……心から、お礼申し上げるニャ」

「いいっていいって」

 瑞季はそう言って微笑むが、ヒナはまだ、もじもじとしていた。

「その……みんなさえよければ、もう少し、ぼくに付き合ってほしいニャ。今後、メルキーヴァが約束通り現れないとしても、ヘヴンの他の幹部たちがやって来るはず。きっと、メルキーヴァ以上の強敵もいるはずだニャ……」

 不安げなヒナ。

 だが、三人の表情に曇りはない。

「何人いようが、私たちなら大丈夫。ひとりひとり追い払ってやるまでだよ。ね?」

「もちろん」

「大船に乗ったつもりでいな。ま、ウチが言うのもおかしいかもだけど」

 ヒナは三人の顔を順番に見た後、改めて頭を下げた。

 瑞季はその頭を撫でる。やわらかく、温かかった。

 ぬいぐるみが喋り始めたときのことを思い出す。

 急に喋り出したかと思えば、背中を掻けだのなんだの図々しいことを言い出して、戦いに巻き込まれて、なんだかんだ変身して。

 優菜と星輝と出会い、ふたりも協力してくれるようになって。

 苦しいこともたくさんあった。

 でも、仲間がいたから、ここまで進み続けられた。

 まだ二週間くらいしか経っていないのに、ずいぶん昔の出来事のように思えてしまう。

「莉照くんどうする?」

「そのうち目を覚ますさ」

 彼の幼馴染である星輝が答える。

「ひとりでじっくり反省する時間も、必要なんじゃねえかな。……さ、そんなことよりも、腹減ったなあ。戦ってないウチがこんなに空腹なんだから、ふたりは、もっとハラペコだろ?」

「そうだね。何かこってりしたもの食べたいかも」

「賛成! 近くに旨い豚骨ラーメン屋があるんだ。ニンニク効いてて最高だぜ? 行くか?」

「めっちゃある! 優菜は?」

「もう胃がラーメン丼の形になってるよ。ところで、さっきまでチョコバナナパフェ食べたいって言ってたけど、いいの?」

「そっちは今度沙耶と行こうぜ。よし、行くぞ! 途中のコンビニでヒナのチョコチップメロンパンも買ってやろう」

「ニャニャニャ!」

 三人と一匹は笑い合いながら公園から去り、日常へ戻った。


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