第六話「新たなヒーローの誕生を」-4-
「マイム。後ろから援護をお願い」
それだけ伝え、リアハイリンはメルキーヴァへ向かって駆けた。
真正面から渾身の拳をぶつける。
メルキーヴァは余裕を持った表情でそれを弾く。
パンチ、キック、肘打ち。
さまざまなバリエーションの連続攻撃を叩き込んでいく。
しかし、そのどれもが、メルキーヴァの巨体に掠りもしない。
「力任せに殴っても、動きが読みやすくなるだけだよ」
その瞬間。
メルキーヴァの拳が、リアハイリンの腹部にめりこんでいた。
「……っ!」
内臓が揺れ、意識が一瞬だけ途切れる。
その一瞬で。
メルキーヴァはもう一度拳を突き出していた。
防げない——。
本能の絶望。
しかし、衝撃は来なかった。
リアハイリンの胴体を、水が包んでいたから。
メルキーヴァは水の鞭を貫けずに弾かれていた。
リアハイリンの身体は、鞭に包まれたまま後方へ吹き飛ばされた。着地すると、隣にリアマイムが立っていた。
「ハイリン。頭に血が上りすぎてると思う。一度落ち着こう」
「ごめん。それはちょっと無理な相談かも」
リアハイリンが顔を引き攣らせながらはにかむと、リアマイムは「仕方ないなあ」とリアハイリンの額にゆるくデコピンをした。
「いてっ」
「了解。わたしが精一杯サポートするから。好きに暴れちゃって」
リアマイムはウインクをする。
そのかわいらしい仕草に、リアハイリンの表情が緩まる。
「……ありがと、マイム」
深呼吸をする。肩から力が抜けていく。
確かに、これまで肩に力が入りすぎていたようだ。
落ち着いた心で、メルキーヴァへと冷静な瞳を向けた。
「私はね、ヒーローも好きだけど、ヴィランもそれなりに好きなんだ。悪には悪なりの信念があってかっこいいからね。ヒーロー側を成長させて、強くさせてから闘うキャラも観たことある。——それはそれで好きだったけど、自分が当事者だったら、こんなにムカつくんだね」
メルキーヴァは、他人事のような涼しい顔だった。
「以前さ。君たちを試す、って言ったよね。何を試されているか、分かった?」
「決まってるでしょ」
リアハイリンは、吐き捨てるように言った。
「あなたに何度も逆らったせいで、周りの人たちが次から次へとスレイヴにされていった……そういうことでしょ?」
メルキーヴァは答えない。
「そんなことで私は折れない。言ったでしょ。増幅させる黒感情の種がなくなるまで、助け続けるって。その言葉に、二言はない」
それまでリアハイリンの後ろにいたリアマイムが、確かな意志を持って一歩前へ出た。
「そもそも、みんなを好き勝手にスレイヴにしたのは、あなたでしょう? ……あなたさえいなければ、誰もスレイヴになることなんてなかった」
「都合のいいときだけ、責任を私たちになすりつけないで!」
リアハイリンが駆ける。
渾身の右ストレート。メルキーヴァは片手で受け止める。
しかし、
「!」
メルキーヴァの目が驚愕で見開かれる。
彼女の小さな拳が、巨体を押していたのだ。
「……『あなたさえいなければ』、ね。こっちの世界に来ても、それを言われる運命なんだな、俺は」
メルキーヴァはどこか寂しげに呟くと、掴んでいたリアハイリンの拳を、さらに強く握りしめ、押し返していく。
「強いね、君は。無の邦の者は、誰も彼も貧弱に見えたけど、心は俺の祖国の連中より強いのかもね。——それとも、お嬢ちゃんたちが特別強いだけなのか」
「強くなんかないよ。ただ、心の強い人に憧れて、そうなりたいって、その背中を追いかけて行動してるだけ……!」
リアハイリンはさらに拳に力を加える。
拮抗した力と力によって周囲の空気がビリビリと震えていた。
「簡単に言うけど、自分を信じ続けるなんてそうそうできるものじゃないよ。特に、俺のように歳を無駄に重ねていくとね。君たちはいつまで、その純粋な心を信じ続けることができるのかな?」
「仲間がいる限り」
即答と同時、押す力を引く力に変える。
バランスを崩したメルキーヴァの懐へ、鋭い肘打ちを叩き込んだ。
しかし、そのアクションは熟練の傭兵には想定内だった。
彼は身体を翻し、彼女の攻撃を避けて背後へ回ろうする。
しかし、その背中に水の壁が触れる。
「!?」
回避を阻まれたメルキーヴァの胸に、リアハイリンが渾身の一撃を叩き込む。
メルキーヴァが、とうとう顔を歪めた。
そのまま追撃をしようとするが、手を振り払われた。彼は大きく後退する。
「仲間がいる限り……」
メルキーヴァはリアハイリンと距離を取って一息つき、彼女の言葉をそのままなぞった。
「若いね。そういうの嫌いじゃないよ。昔の自分を思い出す」
思い出したくもないけどね——。
「昔の自分?」
「俺もね、小さい頃から自分を信じて必死で努力してきたのさ。今の君みたいにね。そのまま一国の軍の将軍にまで上り詰めた。でも、ある日気づいたんだ。その努力に見合うものを、俺は何も手に入れられなかった、って。自分を信じ続ける価値なんて、まるでなかったんだ。君もいつか気づく」
「よく分からないけど、あなたに何を言われたって、あなたを倒さない理由にはならない!」
リアハイリンが再度突撃してくる。
メルキーヴァは腕を交差させて盾を作り、リアハイリンのパンチを正面から受けとめた。
衝撃で十歩分ほど後退させられる。
再び、リアハイリンが飛び込んでくる。
あまりにも愚直な動き。
同じように腕で防ごうとするが、リアハイリンがやや軌道を変えた。
「!」
彼はようやく気づく。
すぐ斜め後方に柱があることに。
攻撃を受け止めたものの、背中を石柱へと強かに打ちつけた。
「やるじゃん」
そのまま石柱に身体を預ける。息が切れ始めていた。
リアマイムが、静かに問いかけてくる。
「ねえ。教えてほしいのだけど、わたしたちが勝ったときのメリットは何? あなたはデシリル・ジェムとアンプを奪えて念願が叶うのだろうけど、わたしたちが勝っても、また外であなたが襲いに来るんだったら不公平じゃない?」
「確かにその通りだね。いい着眼点だ。……じゃあ、お嬢ちゃんたちは何が欲しいの?」
リアハイリンとリアマイムは顔を合わせ、目で短い会話をし、頷き合った。
リアハイリンが答える。
「もう二度と、私たちの前に現れないで。デシリアの力のことは諦めて、自分の故郷に帰りなさい」
「それ、ヘヴン全体に対して言ってる? だったら、俺にそんな権限はないなあ」
「あなただけなら、どう?」
リアマイムが鋭く切り返す。
ふっ、とメルキーヴァは笑う。
「故郷に帰られるかは、俺の一存ではなんとも言えないけど、いいだろう。了解した。君たちが勝てば、俺は全部諦めてどこかに去るよ。俺は二度と君たちの前に現れない。どう? それで満足かい?」
「分かった。それでいい」
リアハイリンが拳を突き出す。
逃げ場のないメルキーヴァは、腕で弾いて軌道を逸らした。
その瞬間、目の前に水球が現れる。
「なっ!?」
リアマイムの死角からの狙撃。
頬に直撃し、後頭部を石柱に強打する。
魔人が、ついに膝をついた。
「……今のは、効いたよ」
「その程度? スレイヴならそろそろ声が聞こえてくる頃合いなんじゃない?」
「俺をスレイヴ扱いか。愉快なこった」
メルキーヴァは、血の混じった唾を吐き捨てながら、立ち上がった。
——あー、結構ダメージ食らっちゃったな。
思っていたよりも追い詰められていることに、笑えてきた。
リアハイリンが問う。
「そういえば、スレイヴが相手のときは浄化して終わりだったけど、あなたの場合はどうなるの? どうなったら終わり?」
「俺が君たちに『負けました』と負けを認めれば、君たちの勝ちだ。逆に、君たちのデシリル・ジェムとアンプが、すべて俺の手に渡れば、君たちの負け。理解した?」
メルキーヴァは肩を竦めてみせた。
「じゃあ、あなたは私たちを倒さずとも、盗むだけでも勝ちってこと? 卑怯じゃない?」
「そんなことはしないから安心しな。君たちが『お願いです、渡すので許してください』って泣きながら懇願しない限り、デシリル・ジェムとデシリル・アンプを受け取る気はないよ」
「するわけないでしょ」
リアハイリンは、きっぱりと言い放った。
「いつまでそう言ってられるかな」
「この手の敵キャラって、毎度撤退してるくせにそういうセリフ言うよね」
メルキーヴァは、小馬鹿にするようにフッと鼻で笑った。
「リアハイリン。この間、君と手合わせした時に俺がこう言ったこと覚えてるかい? 俺はまだ半分しか力を出してない、って」
「ああ、ボスキャラテンプレみたいなハッタリね。それがどうしたの」
「……ハッタリじゃないんだなあ。それが」
メルキーヴァはそう言うと、リアマイムの方へと大きな手のひらを向けた。
——次の瞬間、リアマイムの身体が砲弾に撃ち抜かれたかのように、後方の柱へと叩きつけられていた。




