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黎明のデシリア  作者: 中條利昭
第六話「新たなヒーローの誕生を」

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第六話「新たなヒーローの誕生を」-2-

 昨日のビデオ通話でのこと。

 いかに戦うかの作戦を考えている途中で、瑞季は呟いた。

「スレイヴの力があんなに強かったのは、莉照くんの黒感情が大きかったからなのかな」

〈そうだと思う。その黒感情を肥大化させたのは、他ならぬわたしたちでもある〉

〈どうすればよかったんだろうな〉

 星輝の問いに、優菜がかすかに震えた声色で答えた。

〈きっと、やり方がよくなかったんだと思う。莉照くんをクラスで堂々と叱っちゃったけど、やりすぎだったんじゃないかな〉

 瑞季は釈然としなかった。

「そんなことないよ。莉照くんのしたことを思うと、あれくらいされて当然だよ」

〈その気持ちに、見せしめのようなものは含まれてない?〉

 優菜の言葉が胸を突く。

 認めたくなかった。でも、否定できない自分がいる。

「……そうかも」

〈ウチらがやったのは説教じゃない。公開処刑だ〉

 星輝が重い口を開く。

〈憎しみが憎しみを生んだんだ。その結果、ウチらは負け、莉照は怪物になった。……一歩間違えれば、もっと多くの人を巻き込んでたかもしれない〉

 瑞季は当時のことを思い出す。

 お手洗いから戻ってきたら、沙耶が莉照に言い返していた。

 沙耶が言い返したのを見たのは初めてだった。

 彼女の勇気に心を奮い立たせ、声をかけた。その先は、なすがままだった。

 自分は正しいと確信していたが、理性がなかったのも確かだ。

「最初に莉照くんを攻撃したのは、私だったよね……。ごめん」

〈瑞季が謝ることはないよ。すぐに沙耶を助けるべきだったし〉

〈ま、ウチらも莉照といつ話そうかまで決めてなかったからな。ああいう流れになるのは当然だったし、ウチも莉照が一番痛がるやり方で、やっつけてやろうと思ってたよ〉

〈わたしも、そう。今は誰も責められるべきじゃないし、責めるべきじゃないよ。……莉照くんには、ちゃんと謝ろう〉

「うん。そうだね。謝るためにも、まずは莉照くんの心と対話しなきゃ」

 そこで会話が途切れたが、三人の心はひとつだった。

 瑞季はスレイヴのコスチュームについて考えていた。沙耶のときはそれが打開の大きなヒントになっていたが、今回はおそらく莉照自身。

 最初の少年のときは、彼の憧れる偶像の姿。

 漫画家になりたい高校生のときは、自分自身の姿ではあったが、彼女の持つペンに夢が表れていた。

 星輝のバンドメンバーのときも、彼ら自身がそのまま表れていた。

 自分自身がそのままモチーフとなっている場合は、外観から本当の心を引き出したことがない。そこから打開することは難しそうだ。

〈あの、〉

 優菜が控えめに手を挙げた。

〈ひとついいかな。役に立つ情報かは分からないんだけど〉

「うん。どうしたの?」

〈昨日、解散してから苗田なえたくんに莉照くんについて聞いてみたの〉

 苗田とは、莉照と同じサッカー部に所属し、沙耶の前の席に座っている男子だ。

〈さすが優菜、抜かりない〉

〈莉照くん、嫌なことがあると物に当たる癖があるらしいの。壁を殴ったり、スパイクを投げたり〉

〈なるほど〉

 彼の幼馴染である星輝は頷く。

〈あいつが、潜在的に強く持ってる欲求なんだろうな〉

〈でもね、何かを壊したりしたら、すぐに落ちこんじゃうみたい〉

「私たちが傷つけた反動で、壊したくなって……スレイヴに?」

〈それは、……ちょっと違う気がする〉

 星輝はすぐに首を振った。

〈壊した後に落ち込む……そっちが本命じゃないか?〉

〈わたしも、その線が濃厚かなって思う。あと、最近やたらと寄り道したり、遊びに行きたがったりしてたみたい〉

〈家に帰りたくなかったのかな。親父さんと何かあったのかも〉

 瑞季は先日の戦いでのスレイヴの動きについて考えていた。

 今までのスレイヴの中で、もっとも見境なしに暴れ狂っていた。そのため、黒感情が破壊欲求である気がしていた。しかし、その奥に別の感情があるとすれば。

 瑞季はため息をついた。

「一筋縄ではいかなさそうだね」


           ◆


《だから全部ぶっ壊して、めちゃくちゃにしてやる……》

 虚ろな心の声が響いた瞬間。

 スレイヴは、立ち上がろうとするリアハイリンへ、拳を叩きつけた。

 間一髪、石柱の残骸から身を捩り、回避する。

「どうして、そんなに壊したいの」

《ぶっ壊してやる! ぶっ壊して、ぶっ壊して、ぶっ壊してやるんだ!!》

 石柱の破片を掴み上げると、力任せに放り投げた。

 石の塊は、明後日の方角の柱へぶつかり、粉砕した。

 そして今度は、まだ無傷でそびえ立っている別の柱へとタックルし、根元から砕いた。そのまま、何かに取り憑かれたかのように、次々と柱を破壊し始めた。

 それを黙って見つめていたリアハイリンの元に、リアマイムが駆け寄った。

「自暴自棄になってるね、莉照くん」

 彼女たちはしばらく暴れるスレイヴを眺めていた。

 辺り一帯を半壊させたところで、スレイヴは膝に手をついて、ぜえぜえと胸を上下させた。まるで試合に負けて項垂うなだれるサッカー選手のようにも見えた。

《俺にはもう何もない……居場所も、目標も……》

「目標?」

 居場所という言葉の意味は分かった。その大切な居場所を奪ってしまったのは、紛れもなく自分たちなのだから。

「目標って、なんのこと?」

 リアマイムが慎重に問いかける。

 スレイヴは答えない。リアハイリンもリアマイムも、それ以上何も言わない。

 そこで声を出したのは、リアハイリンたちの背後の柱で隠れていた星輝だった。

「もしかして、親父さんのことか? 昔、親父みたいな立派な大人になりたい、って言ってたよな」

 星輝の言葉に、スレイヴの肩がびくりと震える。

 無気力そうに、どこまでも続く暗い天井をぼんやりと見上げた。

《俺は、親父のように優秀じゃない……。だから、ずっと親父の背中を追いかけていた。……親父が昔サッカーの全国大会に出たと自慢すれば、俺はそこを目指して必死に練習した。親父に「顔は似ているが、頭の出来は似てないな」って笑われれば、親父みたいになれるように勉強も頑張った。……俺は、いつも親父の背中だけを追いかけていた》

 健気で痛々しい告白に、リアハイリンは眉を歪めた。

「頭の出来は似てない、って……。それ、めちゃくちゃ酷くない? 自分の子に言う言葉じゃないよ」

《そうやって、悪口を言ったりいじったりすることが、仲の良い証拠だと思っていた》

「そんなの、絶対に違うよ……!」

《そんな親父が、別の事業所に左遷させられた……。部下の顔を、何度も笑い物にしたことが原因らしい》

 なんの話だろう、とリアハイリンは戸惑った。しかし、

「今のお前と同じじゃねえか」

 星輝の言葉を聞いて、合点がついた。莉照が沙耶にしたようなことを、彼の父親は会社でしてしまったらしい。

《親父が会社でやらかしたことは、最初は他人事だった。でも、高梁や染谷に怒られて……クラスのみんなが、俺を冷たい目で睨んだとき、ようやく気づいたんだ。……ああ、親父も、会社でこんな目を向けられて左遷させられたんだろうな、って。俺が親父の真似をしてやってきたことは、全部間違いだったんだ、って……》

 リアハイリンは、その、どこかずれた考え方に、言葉を失っていた。

 代わりに、リアマイムが優しく語りかける。

「さっき言ってたよね。悪口を言ったりいじったりすることが、仲の良い証拠だと思ってた、って。もしかして、西沢さんにひどいことを言ってたのは、仲良くなりたかったからなの?」

 スレイヴは答えないが、俯いて顔を逸らす仕草は、肯定に等しかった。

「……そんな無茶苦茶な理論あるの」

 リアハイリンには、その歪んだ思考回路が理解できなかった。だが、もし、自分が彼と全く同じ環境で生まれ育っていたとしたら、自分も彼と同じ勘違いをしていた可能性がないとは、言い切れなかった。

《その通りだよ。無茶苦茶だ。でも、親父の背中がすべてだった俺には気づけなかった。でもな……俺も親父がすべて正しいと思ってたわけじゃない。唯一、頭に血が昇ると物に当たるところは、見習うべきじゃないと思っていた。……それだけはしたくない、ってさ》

 昨日、優菜から聞いた話をリアハイリンは思い出していた。

 ——莉照くん、嫌なことがあると物に当たる癖があるらしいの。壁を殴ったり、スパイクを投げたり。

 ——でもね、何かを壊したりしたら、すぐに落ちこんじゃうみたい。

《でも、俺も……頭に血が昇ると、親父と同じことをしてしまう……。クラスから逃げ出したときも、車を殴りしたい衝動に駆られた。そんな自分が情けなかった……。今さら親父の背中から逃れようと思ったって、もう無理なんだ!》

 スレイヴは突如、足元に転がっていた石柱の破片を掴み、力任せに放り投げた。

《俺は結局、親父と同じ道を辿って破滅するしかないんだ! だから、いっそのこと、もう何もかもぶっ壊してやるんだ! 親父の血に刻まれた衝動のままに……! 暴れて暴れて、暴れ狂ってやるんだぁぁぁっ!!》

 再びスレイヴは言葉にならない叫びを上げ、暴れ始める。喉に尖った石が刺さっているかのような、痛々しい響きだった。

 リアハイリンは思う。

 いっそのこと、この空間にある全部を好きなだけ殴らせてスッキリさせてもいいのかもしれない、と。

「——でも」

 彼の肩には、破壊衝動だけでなく悲しみも強く滲んでいた。彼を救うには、その悲しみをどうにしかしないといけない。

 そのためには、彼の気持ちを、もっと引き出す必要がある。

「マイム。水の球をお願い」

「え、あれ本当にやるの?」

「うん」

 リアハイリンは力強く頷く。

「星輝らしいヘンテコなアイデアだけど、それが莉照くんには一番効果的な気がしてきたから」

 それは、昨日の作戦会議の最後に星輝が提案したアイデアだった。彼女たちに有利にもならない奇抜な手段で、提案した星輝でさえ「冗談だよ」と蹴ったほど。

 リアハイリンは柱に隠れる星輝へ目を向ける。グーサインを出していた。

「……そうだね。それがいいかもしれない」

 リアマイムは手の上でサッカーボール大の水の球を作る。壊れないように硬くする必要があるため、実際のサッカーボールよりは随分と重たい。しかし、デシリアやスレイヴの力なら、サッカーボールと大差はない。

 足元に置かれた水球を、リアハイリンは軽く踏む。

「……ねえ、莉照くん」

 暴れ狂うスレイヴにへ呼びかける。

「PKしようよ」


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