第六話「新たなヒーローの誕生を」-1-
神殿のような、静謐で、しかしどこか不気味な闘技場。
先に動いたのはスレイヴだった。巨体が、砲弾のように一直線に突進してくる。
リアハイリンたちが避けると、スレイヴはそのまままっすぐ突き抜け、背後の柱へぶつかった。柱はその一撃でひび割れてしまう。柱にぶつかる前にブレーキをかけていたので、本気で身体をぶつければ一撃で柱を破壊できたかもしれない。
リアハイリンはスレイヴの背中へ蹴りを入れようとする。
だが、スレイヴは、ぶつかった柱に巨体を回り込ませ、柱を蹴り、粉砕した。
「わっ!」
破片が散弾銃のように降り注ぐ。
咄嗟に腕で顔を庇うが、ひときわ巨大な破片が眼前に迫っていた。
「しまっ——!」
その瞬間、水の奔流がその凶器を薙ぎ払った。
「ハイリン、大丈夫?」
「おかげさまで!」
リアマイムは間髪入れずに動く。
懐へ潜り込み、足元から激流を巻き上げた。
渦巻く水がスレイヴの顎を直撃。
砂煙と霧状の水飛沫が舞い、視野が悪くなった。
スレイヴは後退し、リアマイムを標的に定め、突進する。
リアマイムは右へ跳んだ。衣装が、スレイヴに触れる。回避には成功したが、ギリギリだった。
スレイヴは勢いを殺せず、濃い砂煙の中へと勢いよく突っ込んでいく。
砂煙を突き抜けた瞬間。
そこには、リアハイリンの回し蹴りが待っていた。
頬に足が食い込む。
スレイヴは弾き飛ばされ、石柱を一本へし折り、二本目に叩きつけられて止まった。
「よし!」
リアハイリンは、小さくガッツポーズを取る。計算通りだ。
今回のスレイヴは、力も速さもこれまでとは段違いだが、沙耶のときと比べると動きが単純だった。攻撃を受けた直後は全速力で襲ってくる。全速力であれば、スピードはほぼ一定だ。距離と速さが分かれば、攻撃すべき時間も計算できる。視界が悪くても、スレイヴの位置は手に取るように分かった。
いくら強くとも、加減ができないのであれば弱点となる。
数の理を活かし、引きつけ役と攻撃役に分かれて相手の攻撃を与えるのが、リアハイリンたちが立てた戦略だった。
「うまくいったね、ハイリン!」
「うん。このままダメージを蓄積させていこう!」
この調子でいけば、心の声もじきに聞こえるはず。
前回は一言も声を聞くことが叶わなかった。そこに辿り着くまで、まだまだ遠かっただろう。しかし、メルキーヴァは言っていた。
——スレイヴの素体が刻一刻と生命力を衰弱させていっているということは、くれぐれも忘れてあげないでね。
つまり、時間経過も少なからずダメージとなるということ。
たとえ与ダメージにはならずとも、時間経過で回復することもないだろう。
「……ねえ、ハイリン。あの柱」
リアマイムは、スレイヴが麓で倒れている、根元に大きなヒビが入った巨大な石柱を、指差した。
「使おう」
「了解。次は、私が引きつけるね」
リアハイリンは他の柱を避けながら、大きな弧を描いてスレイヴの背後へと回り込んでいく。
スレイヴはしばらく朦朧としていたが、近寄るリアハイリンに気付くや否や、素早く起き上がって構えた。
リアハイリンもスレイヴも、パワーとスピードに自信がある。ふたりの取っ組み合いを、リアマイムは目で追いかけることもできない。——たとえ、自身の担当作業をしていなかったとしても。
リアマイムは足元に水流を放ち、自らの身体を高く押し上げ、校舎の屋上よりも高い位置まで飛んでいた。水流を消し、しなやかな水の鞭を生み出す。それを隣の柱に巻きつけて移動し、さらに隣の柱に鞭を巻きつける。蜘蛛が糸を吐きながら移動するように、彼女は空中を移動していく。
そのままスレイヴの背後の柱——根元にヒビが入った柱の背後へ移動していた。
一方、リアハイリンはスレイヴに押されながら柱から離れていた。
押されているのは演技ではないが、作戦ではあった。
「もう少し」
リアマイムはスレイヴの後ろ姿との距離を測りながら待機していた。
あと一メートル。
五十センチ。
十センチ。
「いま!」
強力な水の大砲を放った。
全力の一撃を、スレイヴの背中ではなく、柱へ放つ。煙が上がり、柱は上下に割れた。
足元が不安定な柱は、そのままスレイヴへ向かって倒れていく。
スレイヴといえど、強い破裂音を伴った攻撃に気づかないはずはない。上体だけ振り向き、倒れてくる石の塊を視界に捉えると、逃げようとした。が、
「逃さないよ」
自分の身体を鉛の塊にしたリアハイリンが、その両脚に絡みついていていた。スレイヴはそれでも無理やり動こうとするが、即座にリアマイムが降りてきて、スレイヴの両脚を水の鞭で巻きつけた。
脚を完全に固定されてしまったスレイヴは、もはや、倒れてくる柱を、正面から受け止めることさえもできない。背中を向けたまま両手を天井に向けて、無駄な抵抗を試みるのが限界だった。
落ちてくる柱がスレイヴに直撃するまであと四秒。
三秒。
二秒。
そこでリアハイリンはスレイヴの股の下を素早く抜け、倒れてくる柱の根元を蹴った。
柱は重心を中心にして、水が溜まったししおどしのように、急速に回転する。
回転速度が急上昇した柱にスレイヴは対応できない。上げていた手は軽いクッションにしかならず、柱はスレイヴの頭頂部を直撃した。
——直撃したはずだった。
だが、怪物は膝をつくことさえしなかった。
あろうことか、巨大な柱を軽々と持ち上げたのだ。
長さ七メートル、重量数トン。
それを、小枝のように振り回す。
「マジか」
戦慄する間もなく、巨大な石塊が薙ぎ払われた。
リアマイムは伏せ、リアハイリンは跳んで回避する。
スレイヴは自身をコマの軸として回転し続けた。身体がやや傾いており、柱は毎回異なる高さを殴っている。
伏せているリアマイムに軌道が重なり、彼女はあっけなく叩き飛ばされてしまった。
一瞬後に柱が地面に当たり、軌道が大きく上行する。
ちょうどそこにリアハイリンがおり、彼女も弾き飛ばされることとなった。
「痛てて……」
地面に転がったリアハイリンは、顔を引き攣らせながら立ち上がる。
スレイヴの振り回す柱が他の柱にぶつかり、折れる音が聞こえた。尖った破片が、一直線にリアハイリンへと飛んでくる。咄嗟に姿勢を落とし、くぐり抜けるように前方へ避けた。
顔を上げる。
そこには短くなった柱を振り上げたスレイヴが立っていた。
「しまっ——!」
なすすべなく叩きつけられる他なかった。地面が蜘蛛の巣のように円形に割れ、リアハイリンはその中心でボロボロの石柱を背中に乗せて倒れ伏してしまう。
そして、追撃が——来なかった。
スレイヴは動くのを止めていたのだ。
「……」
静寂の中、頭に響く声。
《壊す……全部ぶっ壊す》
莉照蓮司の声だ。あまりに空虚な響きだった。
リアハイリンは石柱の下から這い出し、問いかける。
「何を壊したいの?」
《全部だ。もう、俺には何もない……。だから全部ぶっ壊して、めちゃくちゃにしてやる……》




