表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
黎明のデシリア  作者: 中條利昭
第一話 ヒーロー

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

3/21

第一話「ヒーロー」-3-

 帰宅部の瑞季は帰路についていた。

 なだらかな坂道を、力なく下っていく。

 彼女の視線は、アスファルトの染みや、道端に落ちている色褪せた広告チラシといった、取るに足らないものばかりを捉えていた。

「西沢さん……」

 ぽつりと、口からクラスメイトの名前が漏れた。西沢沙耶の震える手の残像が、未だに瞼の裏から剥がれていなかった。まばたきをするたびに、何もできなかった自らの無力さを、嫌というほど見せつけられる。

「なんでこんなに悔しいんだろ。逃げてるだけなのに」

 莉照蓮司は毎日のように西沢沙耶をからかう。おそらく、本人に悪気はない。傷つけている自覚すらないのかもしれない。

 だからといって、許せるはずもなかった。

 もし勇気を出して「やめて」と言えたなら。彼はどうするだろう。謝ってくれるだろうか。

 仮に彼が謝ったとしたら、彼女は許すかもしれない。

 だが、一度刻まれた傷は消えない。

「私なら、許せない」

 もし、ここで簡単に許してしまえば、彼はまた同じように、別の誰かを無自覚に傷つけるかもしれないのだから。

 それに、少しくらい、同じような痛みを感じさせてやらないと、腹の虫が治まりそうにない。

 ふと、そんなことを考えている自分自身に、言いようのない虚しさが込み上げてきて、思わず立ち止まってしまった。

「何もできない臆病者のくせに、何を偉そうに想像してるんだろう……」

 そのとき。

 視界の端を、不自然な土煙がよぎった。コンマ数秒後、ビルが崩れるような轟音が鼓膜を打つ。

 顔を上げれば、南東の方角から黒煙が立ち昇っていた。

 直後、遠くから甲高い悲鳴が響く。

 続いて、怒号と騒音が断続的に聞こえてきた。

 脳裏に、かつて夢中で見たヒーローの背中が浮かぶ。

 困っている人がいれば、後先考えず危険に飛び込む、無鉄砲で頼もしいヒーロー。時に盛大に空振りして、見ているこっちが恥ずかしくなるような、おっちょこちょいな一面もあったけれど。

 理想のヒーロー像が、現実の重さに押し潰されて消えていく。

「危うきに近寄らず、だよね……」

 残念ながら瑞季は、あのヒーローのような野次馬根性を持ち合わせていなかった。

「あっちに用事はないし、普通に帰ろう」

 そう自分に言い聞かせ、再び家路へと足を向けようとしたときだった。

「——おい! おぬし!」

 背後からのふてぶてしい声。

 同時に、ぽすん、と肩に軽い何かが触れた。

「きゃっ!?」

 反射的に振り払い、振り返る。

 軽いそれは簡単に弾き飛ばされ、コロコロと坂道を転がっていった。

 見覚えのある、クリーム色と茶色のぶち模様のぬいぐるみ。

「いてててて……。急に何をするニャ! 乱暴者めが!」

 そのぬいぐるみ——ネー子が、悪態をつきながら、むくりと起き上がった。

「ネー子!? なんで? え、なんで!? 色々なんで!?」

 瑞季は、パニックになりながらも慌ててネー子を拾い上げ、その体についた土や埃を丁寧に払った。

 しばらくの間、衝撃で目が渦巻き模様になっていたネー子だったが、やがて、パチパチとまばたきをすると、まん丸な目で瑞季を睨みつけた。

「おぬし! 今朝、どうして、ぼくを起こさなかったんだニャ! ちゃんと起こせと言っておいたはずニャ!」

「あ、ごめん忘れてた」

「あ、ごめん忘れてた。じゃないニャ! もし、奴らがもっと早く行動を起こしていたら……!」

「奴ら?」

「説明は後ニャ!」

「あっ、この手のキャラの伝家の宝刀『焦らし』だ」

「呑気なこと言ってる場合じゃないニャ! 急げ! 走るニャ!」

「走るって、どこに」

「決まってるニャ! あの騒ぎの方角だニャ!」

「ですよねー」

 天を仰いで、深いため息。

 どうやら今日は、平穏な帰宅は許されないらしい。

 ふと、少し先の女子生徒と目が合った。訝しげな、不審者を見る目。こちらの状況など知る由もない彼女には、瑞季が語尾に「ニャ」をつけ、ひとりで騒いでいるようにしか見えないだろう。

「もう、なんなの〜っ!」

 羞恥心に背中を押され、瑞季は土煙の上がる方角へ駆け出した。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ