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黎明のデシリア  作者: 中條利昭
第三話「籠の中の月」

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第三話「籠の中の月」-6-

 ランドセルの少女を背負い、星輝たちのもとまで走り続けたときには、優菜はぜえぜえと息を切らせていた。

 優菜が少女を背中から下ろす。少女は父親の元へと駆け寄り、泣きながら父親の胸に顔を埋めた。父親は、そんな娘の頭を優しく撫でている。

 その光景に、疲労と安堵から、その場にへたり込みたくなった。しかし、ぐっと堪えて立ち続けた。

 まだ、やるべきことがある。

「……救急車は呼んでくれた?」

 優菜は星輝に尋ねた。

「ああ。もうすぐ到着すると思う」

「そっか。ありがとう」

「おう。にしても優菜、急に走り出したから、びっくりしたぜ」

 星輝の言葉に、優菜はただ曖昧に微笑んで誤魔化す。詳しいことを話している余裕はない。

 親友はそれ以上何も訊いてはこなかった。

「わがまま言ってごめんね。もうひとつ、わがままを聞いてほしいんだけど」

「どんと来い」

「もうしばらく、あの親子を見守っていてほしい」

 星輝は優菜の瞳をじっと見つめた。その眼差しに、優菜の確かな覚悟の色を見て取り、頬を綻ばせた。

「了解。行ってきな」

「ありがとう」

 優菜は戦場と化したオフィス街の方角へと再び身体を向け、一度、深呼吸をする。

 ——本当にその覚悟があるのか。

 それは、自分自身への最後の問いかけ。

 か細い声に振り返ると、少女が優菜を見つめていた。

「……お姉さん。助けてくれて、ありがとう」

 純粋な感謝の言葉。

 それが、優菜の迷いを完全に吹き飛ばした。

 ——わたしは、この笑顔を守りたい。

 彼女は花が咲くように微笑み、少女の小さな手を優しく包み込んだ。

「どういたしまして。……お姉ちゃんね、これからお友達を助けに行かなきゃいけないの。救急車が来るまで、お父さんをお願いできるかな?」

「……うん! わかった!」

 少女は力強く頷いた。

「えらいね」

 優菜はもう一度微笑むと、ゆっくりと立ち上がり、そして、今度こそ迷いなく戦場へと続く道を駆け出した。


 交差点の手前で、脳裏に父の姿がよぎる。

 目の前に引かれた、見えない黄色い線。

 越えれば、もう戻れない——。

 そんな声が頭に響くが、優菜は迷わず交差点を駆け抜けた。

「……ヒナ」

 ぽん、と音が出ると、右手のコンパクトミラーが猫のぬいぐるみの姿になった。ヒナは宙に浮きながら、走る優菜と並走する。

「わたしね、本当は部活動をしたかったの。でも、入学したての頃、部活動での行きすぎた指導による怪我がニュースになってて。わたしの家族はすごく心配症でね。『危険だから』って、わたしに部活動を禁止したの」

 どうして自分にそんな話をしているのか、とヒナは疑問に思っているかも——優菜は思うが、自分の気持ちにわがままになり、話を続けた。

「文化部ならいいんじゃないか、ってわたしもお母さんも言ったんだけど、お父さんは許さなかった。『優菜には部活動の垣根を越えて、優秀な人材との交友関係を広げてほしい』って。遠回しに『生徒会に入れ』ってことだよね。だから、わたしは生徒会に入った。他に理由は何もないの。言いなりになっただけ。何かやりたいなら部活動より習い事にすべき、とも言ってたっけ」

 しかし、当時の彼女にやりたいことはなかった。ただ、言いなりになって生きているだけだったから。

 ヒーローが闘っている道路のひとつ手前の交差点で、足を止めた。ヒナへ身体を向け、水色のデシリル・ジェムを、胸ポケットから取り出す。

「瑞季さんに部活のことを聞かれたとき、誤魔化しちゃった。遠慮して本音を隠してたのは、わたしの方だったんだね」

 見栄えの悪い部分を隠し、周囲の求める自分を演じてきた。

「わたしは、なりたい自分になるために、もう遠慮はしない。籠の中の鳥じゃない。広い世界へ羽ばたきたい。瑞季さんたちを、わたし自身を……みんなの勇気を護りたい!」

 振り返り、ヒナを見つめて宣言する。

「わたしは、そんなヒーローになる!」

 すると、優菜の宣誓に呼応し、胸元で純白の光が弾ける。

 現れたのは、スマートフォン大の白い板——デシリル・アンプ。

 迷いなく、それに水色の宝石を嵌め込む。

 薄藍色の風が優菜の髪を舞わせた。

 制服姿の胴体が水色の光に包まれ、瞬く間に姿を消す。

 右の手首に水の結晶のような装飾が現れ、波のようなラインを描く布が腕を、脚を、そっと包み込んでいく。

 頭上に、きらきらと輝く水の輪が現れたと思うと、優菜の身体がふわりと浮き上がった。

 その輪を下から潜り抜けると、白鳥の羽衣のような白いワンピースがお腹や腰回りに現れた。

 羽を広げるように腕を広げる。その動きに合わせて水飛沫が上がり、耳の後ろや手袋、ソックスに翼の意匠が出現した。

 水の輪を掴み、フラフープのように手のひらの上で軽やかに回転させる。それを空へ投げれば、水の輪は弾け、ミストシャワーとなって彼女に降り注ぎ、首元に水色のの宝石が輝いた。

 長い黒髪が、光と水飛沫を浴びてアクアブルーへ。

 右手のデシリル・アンプを、自らの手で右腰のポーチに入れる。

 優菜は右腕を正面へ突き出す。すると、弾けた水飛沫が手のひらへ収斂しゅうれんし、彼女の手に収まった。

 それを、心臓の前へ引き寄せる。

「『デシリアの 水面みなもたゆたう魂は 如何なる者にも穢されない』」

 一陣の光と清らかな水飛沫が吹き荒れた。

「『澄み渡る心、リアマイム!』」


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