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黎明のデシリア  作者: 中條利昭
第二話「ひとりでは創れない音」

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14/21

第二話「ひとりでは創れない音」-7-

「悠太の足止めを頼む!」

 星輝の叫びに、リアハイリンは力強く応える。

「うん! 任せて!」

 悠太のスレイヴにとって、眼前の戦士など眼中になかった。

 視線は憎悪の対象である渡へと固定されている。

 その殺意の射線上に、リアハイリンは滑り込んだ。

「通さないよ」

 悠太は一瞬足を止めたが、すぐに羽虫を払うような無造作さで剛腕を振り下ろした。

 風を裂く質量。

 リアハイリンは最小限の動きで軌道を見切り、振り抜かれた腕へと跳躍した。

 しがみつくと同時、脳裏にイメージを描く。

 ——私は、鉛の塊。

 突如、スレイヴの右腕に数トンの重りがのしかかった。

 バキリ、と床材が悲鳴を上げる。

 予期せぬ負荷にバランスを崩した巨体が、抗う間もなくステージへと縫い付けられた。

 獣のような怒りの声が響く。

 空いた方の腕が、背中にいるリアハイリン目掛けて向かってきた。彼女はそれをも巧みに掴み取り、関節の可動域を逆手に取ってねじり上げる。

 怪物は身動きひとつ取れず、床に伏すしかなかった。

「言ったでしょ? 通さないって」

 涼しい顔で告げ、リアハイリンは視線を上げた。

 その先には、渡のスレイヴと対峙する少女の背中があった。


 星輝は、渡の真正面に仁王立ちしていた。

 丸腰。だが、その瞳に宿る熱量は、どんな武器よりも鋭い。

「なあ渡。本番でいきなりジャジーに弾きやがって。ビビったじゃねえか」

 まるで放課後の雑談のような軽口。

 だが、渡は応えない。

 凶器と化したベースギターが振り上げられる。

「高梁さん!」

「大丈夫」

 リアハイリンの叫びを制し、星輝は振り下ろされる凶器をしなやかに躱す。床にめり込んだそれを、指先でそっと撫でた。

「でも、ちょっと楽しかったぜ。おまえの、誰にも媚びない自由なとこ。……正直、嫌いじゃねえ」

 その言葉に、スレイヴの動きが止まった。

《前任と僕は違う》

 次の瞬間、感情のせきが決壊する。

 渡は再び凶器を振り上げ、咆哮した。

《僕は……! 僕のプレイがしたい! 誰かの真似事なんて求められる筋合いはない! 僕は、バンド全体で呼吸を合わせながら、最高のリズムを作り上げていきたいんだ!》

 ベースギターが壁へと投げられ、ロックバンドのポスターを無惨に引き裂いた。

 破片が飛び散り、鋭利な欠片が星輝の頬を掠める。

 一筋の赤が肌を伝う。

 だが、彼女は瞬きひとつしなかった。

「『バンド全体で呼吸を合わせながら』、か。なるほどな」

 頬がジンジンと痺れる。

 だが、星輝は頬に触れることすらせず、仲間を見据え続けていた。

「なあ、渡。ずっと不思議だったんだ。……演奏しているときも、今も……。なんでそんなに寂しそうなんだって」

 不満の爆発に見えた暴走。

 だが、真実は違った。

 本当に嫌なら、わざわざ練習に参加する必要はない。しっかりと練習をしてきた上で、本番で挑発的なアレンジを仕掛けた理由。

 それは反抗ではなく、必死のアピールだったのだ。

「自分らしいプレイができなくてグズってたんじゃなくて、バンドの一員になりきれないことに、ずっと苦しんでたんだな」

《ソロで好きに弾けなんて……そんなの、ちっとも嬉しくない!》

 脳内に直接、少年の絶叫が響く。

《僕は……! 前任の穴埋めじゃなく、Magical Heartの本当の一員として、貸し借りゼロのままステージに立ちたかったんだよぉぉっ!》

 心の声は、高性能なスピーカーを通したかのように鮮明に響き渡った。

 悲痛な残響が防音壁に染み込むまで、星輝は待った。

 そして、ゆっくりと口を開く。

「……ほんと、ひねくれてんな、おまえ。最初からそう言えよ。ただの自己中だと思ってたじゃねえか」

 呆れたような、けれど安堵の混じった笑み。

 表情を引き締め、彼女は深々と頭を下げた。

「……でも、ウチらも、おまえをちゃんと仲間として見てなかったかもしれねえ。……悪かった」

 リーダーとしての、そして仲間としての謝罪。

 スレイヴは立ち尽くし、沈黙を守っている。

「……ただな、渡」

 顔を上げた星輝の瞳に、力が戻る。

 鋭く、そして温かい光が。

「自分の気持ちは、言わなきゃ伝わらねえ。そこは説教させてもらうぞ」

 息を吸い込み、渡を射抜く。

「ステージに立つなら、客を見ろ。おまえ、ほとんど手元しか見てなかっただろ。小手先の技術より先に、前を向け。じゃねえと、本当に大事なモンが見えなくなるぞ」

 叱られた子供のように、渡が視線を逸らす。

 星輝はその視線の先へ、素早く回り込んだ。

「ウチらが元々持っているものと、おまえの持っているものは、簡単に混じり合うものじゃねえ。だから、ガンガン本音や音をぶつけ合って、磨きあおう。おまえの好きな貸しも借りも、数えられないくらいにな」

 星輝は、渡へ右手を力強く差し出した。

「お客さんに、『前も良かったけど、今はもっと好きだ』って、言わせてやろうぜ」

 渡は、差し出された手と、彼女の頬の血を見つめていた。

 長い沈黙。

 やがて。

《……そうだね》

 巨大な指先が、彼女の手にそっと触れた。

《このバンドを、僕がもっと進化させてみせるよ》

 その言葉を聞いて、星輝はニッと笑う。

「へへっ、いいねえ! 期待してるぞ。……これで、文句はないか? 悠太」

 彼女は悠太のスレイヴへ身体を向ける。リアハイリンは既に彼から手を離しており、スレイヴは腕を組んで大人しく立っていた。

「ウチらも、新しいサウンドを自分のモノにしよう。これまで時間をかけて作り上げてきたMagical Heartのイメージが崩れるのを恐れるのは、分かる。でも、ウチらが築き上げてきたものは、そう簡単に壊れやしねえよ。だろ?」

 悠太はまだ不服そうに見える。

 無理もない。

 たとえ渡に悪気がなかったとしても、彼の行動は悠太を傷つけた。その事実は消えない。

 だが、悠太も同じく渡を傷つけた。楽屋では胸ぐらを掴んでいたし、先ほどだって酷いことを言いかけた。

 だが、彼が普段は人一倍冷静な男であることを、星輝は知っている。

 悠太は、組んでいた腕をゆっくりと解いた。

《……そうだな。信じて進むしかないよな》

 彼の黒感情は、まだ完全には癒えてはいないだろう。

 わだかまりは残るかもしれない。

 だが、ここからは言葉ではなく、音で解決すべき領域だ。

 悠太が渡のもとへ歩み寄る。

 少し照れくさそうに、しかし、まっすぐに。

《……よろしくな、渡》

《ああ。よろしく、悠太》

 ふたりの間に散った火花は、憎悪ではなく、好敵手としての熱だった。

 星輝は大きく息を吐き、ステージの隅で見守っていたヒーローへ向き直る。

「染谷さん。これで、ウチの役目は果たせたかな?」

「うん。すごかったよ、高梁さん。……本当に、ありがとう」

 称賛と感謝を込めて、リアハイリンは右手を掲げた。

 掌に集うのは、破壊ではなく再生の光。

「『黒き感情、無に帰せ。デシリア・クリア・スクリーム』」

 純白の輝きがステージを満たす。

 温かな光が晴れると、そこには怪物の姿はなかった。

 残されていたのは、向かい合うようにして眠る、ふたりの少年の寝顔だけだった。


 星輝が安堵し、倒れる仲間の間でぐったりと床にお尻をつけるのを、リアハイリンは穏やかに見つめていた。

 ——すごいな、高梁さん。

「あー、疲れた」

「お疲れさま。それより、頬」

「え? あ、痛てっ」

 痛みを思い出したのか、星輝はようやく自分の頬を指でなぞる。その指には赤い液体が付着していた。

「あー。顔に怪我するのなんて久しぶりだな」

「えっと、ティッシュ」

 リアハイリンは自分のバッグへ向かう。確か、絆創膏も備えていたはずだ。

 そういえば——。

 会場中を見渡す。メルキーヴァの姿はどこにもなかった。

「染谷さん。あいつらは、そのうち目を覚ますのか?」

「そのうち覚ますはずだよ。——って! そそ染谷ってててだだだ誰デショウカ」

「さっき普通に頷いちゃってたから、もう遅いんだよなあ」

 思い返すと、スレイヴを浄化する前に「染谷さん」と呼ばれていたような気がした。

「ど、どうかご内密に……」

「もちろん」

 瑞季は変身を解く。すると、これまでの疲れが一度に肩にのしかかったみたいに、彼女はよろけた。

「おっ、なかなか私服可愛いじゃん」

「ぴゃえー」

 そして倒れた。

「個性的な鳴き声だなあ。——あ」

 星輝はパチンと指を鳴らす。

「もしかして、昨日の騒ぎのときに、ベンチで寝てた男の子って」

 今さら誤魔化す必要もないだろう。

 瑞季は、はにかんで首肯する。

「あー、そういうことか。化物が消えるまで、染谷さんが男の子を護ってたのかもって優菜と話してたけど、あながち間違いじゃなかったんだな……あ」

 星輝が、入り口を見て固まる。つられて瑞季も振り返り、固まった。

 月音優菜が、そこに立っていた。

「あ……見つかっちゃった」

「優菜、いつからそこに?」

 月音優菜も困惑した様子だった。目線を泳がせ、どこまで正直に話すべきかを考えた後、「ええっと」と頬を指で撫でながら、白状するような照れ笑いを見せた。

「星輝が、『ただの自己中だと思ってた』みたいに言ってたあたりから」

「あっちゃー」



(第二話「ひとりでは創れない音」了)


第三話「籠の中の月」 2026/2/21 8:00投稿予定

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