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黎明のデシリア  作者: 中條利昭
第二話「ひとりでは創れない音」

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第二話「ひとりでは創れない音」-5-

 悠太のスレイヴが、背中のシンバルを抜刀するように構える。

 金色の円盤が閃き、渡のスレイヴの脚を薙ぎ払った。

 渡のスレイヴは俊敏に跳躍して躱すが、勢い余って頭上の照明に激突する。

 火花が散り、振り子のように揺れるスポットライトが、呆然と立ち尽くす星輝を赤く照らし出した。

「悠太……渡……」

 変わり果てても、星輝には彼らの正体が分かる。

 大柄だった悠太より、今は渡のスレイヴの方が一回り大きい。

 変質したベースのハンマーが、渡の激情を乗せて悠太へ振り下ろされ、悠太はドラマー特有のリズム感でそれを回避し続ける。

「やめろよ! 悠太! 渡! 目を覚ませって!」

 悲痛な叫びは、殺し合いの轟音にかき消された。

 悠太のスレイヴが、巨大なドラムスティックを投擲とうてきする。槍のような一撃が渡の顔面を捉えた。怯んだ隙を見逃さず、悠太がタックルで押し倒す。そのまま馬乗りになり、拳を振り上げた。

 振り下ろされる拳は、まるでドラムを叩くかのようだった。

 かつて仲間とセッションしたリズムで、今は仲間の顔面を破壊している。

 それはもう喧嘩ではない。

 ただの、狂った独奏。

 阿鼻叫喚の地獄絵図を、悠然と見下ろす影があった。

 混乱の最中、ただひとり、腕を組んで惨劇を鑑賞する長身の男——メルキーヴァ。

 星輝は振り返り、その男を睨みつけた。

「これはなんだ。おまえの仕業か……?」

「いかにも」

 悪びれるどころか、喝采を送りかねない愉快げな声。

 星輝の中で、何かが切れた。

「……っ! ウチの、大切な仲間を……返せよぉぉぉっ!!」

 獣の如く吠え、へし折れたマイクスタンドを握りしめて駆ける。

 渾身の力と共に、鉄の棒を男の頭上へ叩きつけた。

 ——硬い。

 岩盤を叩いたような反動が、星輝の手首を痺れさせる。

 メルキーヴァは微動だにしなかった。

 衝撃でスタンドからマイクが外れ、虚しくステージの床に転がる。

 スピーカーから増幅された落下音が、あまりに間抜けに響き渡った。

 その音が、星輝の心を折る決定打となった。


「なんだよ……。なんなんだよ、これ……。わけわかんねえよ……」

 膝から力が抜け、崩れ落ちる。

「お嬢ちゃんの歌声は悪くなかったけど、この世界の音楽はどうも好きになれないね」

 見上げると、そこには誰もいなかった。

 背筋を這い上がる悪寒。

 星輝は反射的に左へ身を投げた。

 直後、スネアドラムが壁にめり込んだ。

 つい先ほどまで、星輝の頭があった位置だ。

 スナッピーがジャラジャラと不快な音を立て、力なく足元へ転がってくる。

 もし、これを避けられていなかったら——。

 それを想像し、身を震わせていた女子中学生は、危険物が再度飛んでくる可能性を忘れていた。

 背後で、フロアタムがバウンドする音が迫る。

 体勢を崩した星輝には、避けることなどできない。

 終わった——。

「——危ないっ!」

 叫びと共に、視界が揺れた。

 気づけば、冷たい床に背中をつけていた。

 後頭部を、誰かの腕が優しく包んでいる。

「いたた……高梁さん、怪我はないですか?」

 心配そうな声に目を開ける。薄闇の中、自分を覗き込む顔には見覚えがあった。

「……染谷さん?」


 スレイヴが暴れ狂うライブ会場に、高梁星輝がまだ残っていたことは、瑞季にとって想定外のことだった。咄嗟に彼女を庇って、一緒にステージ上へと身を投げ出してしまったものの——。

 どう接するべき!?

「は、はひっ! そ、そそそ、染谷ですけど、何か……!?」

 たぶん、これじゃない――!

 顔を真っ赤にしながら、瑞季は引きつった笑みを浮かべるしかない。

 冷静になれば、今の状況は、クラスの隅っこにいる自分が人気者の高梁さんを少女漫画のように抱きかかえている、という異常事態。

 キラキラした世界の住人を、この自分が。

 高梁星輝もまた、この非現実的な状況が飲み込めていないようで、困惑していた。しかし彼女は、瑞季よりもいくらか落ち着いて見えた。

「染谷さん……。助けてくれて、ありがとう……」

 その声は、か細く、そして震えていた。

「ど、どどど、どういたしまして……! め、滅相もございません……!」

 まるで助けられたのが自分自身であるかのように、瑞季はペコペコと何度も頭を下げる。

 そんな様子の彼女だったが、再びスレイヴが雄叫びを上げると、その表情を引き締めた。

 二体のスレイヴは、ステージの中央で向かい合い、互いに威嚇し合っている。身体の大きい方——渡は、いつの間にかステージから降りており、ステージ上にいる悠太へ、ベースギター型のハンマーを向けて威嚇していた。

 バンドメンバーが目の前で怪物にされてしまった高梁星輝が、どんな気持ちだったのか。

 うまく想像できなかったが、胸の奥がツンと痛んだ。

 そんな彼女たちの背中へ、メルキーヴァが語りかける。

 悪魔が囁くかのように、楽しげに。

「やあやあ。ようやくお出ましかい、お嬢ちゃん。……てっきり怖気づいて逃げ出したのかと」

 瑞季は、肩にかけていたバッグをそっと下ろし、ステージの隅に置いた。そして、ポケットから、デシリル・ジェムと、デシリル・アンプを手に取り、ゆっくりと立ち上がる。

「逃げようとも思ったけどね。でも、放っておくわけにもいかないでしょ」

 瑞季の声には、もう、先ほどまでの怯えはなかった。

「さっすがヒーローちゃん。で、王子は?」

「ここにはいない」

 バッグの中のヒナに聞こえるように、瑞季は声を張った。

「それにしても、昨日の今日でよくもこんなことを……。そもそも、なんでここにいるの」

「いやあ、今日は休暇の予定だったんだけどねえ」

 メルキーヴァは肩を竦めた。

「この世界の音楽に、ちょっと興味が湧いてね。気まぐれに来てみたら、まあ、うるさいこと、うるさいこと。あまりに汚くて不快な騒音に腹が立っちゃってねえ。だから、ちょっとした憂さ晴らしに、そこのステージにいた少年たちをスレイヴにしてやったってわけさ」

「そんなくだらない理由で……!」

 瑞季は、握りしめたジェムに怒りを込める。

 身勝手な動機も許せない。だがそれ以上に、クラスメイトの音楽を、あの感動を、一方的に踏みにじられたことが許せなかった。

 デシリル・アンプを持った右手を胸元まで運び、変身の口上を述べようとした瞬間。

 ぽん、と肩が叩かれる。

「染谷さん……、これ、どういうこと? あいつは、なんなんだ?」

 瑞季は我に帰り、返答に困る。

 彼女はクラスメイトがいることを忘れ、変身しようとしていた。

 ヒナの言う通り、彼女を仲間に誘うなら、今こそ説明すべきだ。

 でも、本当に?

 月音優菜の手を振り払ってきたくせに、クラスメイトの前で変身する勇気は、まだなかった。

 ——今は、高梁さんの安全が最優先だ。

 瑞季は結論を出し、彼女に逃げるよう促そうと向き直った。

 しかし、彼女の顔を見るよりも先に、瑞季は絶叫した。

「後ろっ!!」

 高梁星輝は振り返ろうとするが、遅すぎた。彼女の背後へと音もなく移動していたメルキーヴァによって、その細い首元に、手刀を落とされてしまっていたのだ。

「……ぅ……」

 短い呻き声を上げ、高梁星輝は瑞季の方へ、ぐったりと倒れ込んできた。

「高梁さん!」

 慌てて高梁星輝の体を両腕で受け止める。何度か、その背中を叩いてみるが、返事はない。気を失ってしまっているようだ。

「なんで!」

 怒りに震える瑞季の視線を、メルキーヴァは余裕の笑みで受け流す。

「これで、人目を気にする必要がなくなったでしょ?」

 他人事のようにな言い方。

「……ふざけないで」

 星輝の身体をそっとステージの隅に横たえると、振り返る。

 その瞳に、もう迷いはなかった。

 白のデシリル・ジェムを、デシリル・アンプへ。強く、迷いなく、嵌め込む。

 ジェムが輝き、瑞季の足元から風が外へ吹き上がる。全身が光に包まれ、戦闘スーツが腕、脚、胴の順に姿を現した。髪が伸び、薄く桃色がかった銀色に染まる。それは、つむじ風のシュシュによって、ひとつに留められた。

「『デシリアの 穢れを裁く魂は 如何なる者にも染められない』」

 一陣の真っ白な光が、会場内の機材を揺らした。

「『透き通る心、リアハイリン!』」


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