第五十一話 新天地を求めて
俺たち“始まりの一族”は、焼け落ちた村を後にし、静かに移動を続けていた。黒く焦げた瓦礫と、未だ燻る煙の匂いが鼻の奥にこびりついて離れない。振り返れば、そこにはもう生活の痕跡すら残っていなかった。笑い声も、日常も、全てが灰に変わった。
あるのは、ただ失われたものの重さだけだ。それが胸の奥に沈み、歩くたびにじわじわと広がっていく。誰もが口数少なく、ただ前だけを見ていた。後ろを振り返れば、立ち止まってしまうと分かっているからだ。
新たな地へ向かうとはいえ、この規模の移動は想像以上に過酷だった。人数はおよそ五十名。老人、子ども、そして負傷者もいる。全員が無事に辿り着ける保証はどこにもない。亡くなった者たちをすべて弔うことは叶わなかった。見つかった者だけを埋葬し、遺品を分け合う。
名前を呼ぶ余裕すらなかった別れ。土をかける手が震えていたのを、まだ覚えている。あれが最後だと分かっていながら、きちんと別れを告げることもできなかった。それでも進むしかない。止まれば、同じ末路を辿るだけだと、皆が理解していた。
歩みを進めながら、ふと後方へ視線を送る。そこには、息を切らし、歯を食いしばりながら歩く男――サブの姿があった。松葉杖に体重を預け、今にも倒れそうな体を無理やり前へ運んでいる。
それでも列から離れまいと必死に食らいついている様は、見ていて痛々しいほどだ。正直、足はとっくに限界のはずだ。それでも進む理由は何だ。恐怖か、それとも、生き残るという意地か。どちらにせよ、止まるという選択肢は彼の中にはないらしい。
「だ、旦那ぁ……あ、足がもぎ取れそうっす……」
「サブ、悪いがもう少しの辛抱だ。さっきも休憩しただろ。ここまで来たんだ、できれば目的地で休みたい」
「そ、そんなあ……」
情けない声を上げるサブに、別の声が割り込んだ。
「サブよ、仕方ないのじゃ。どれ、わしの苦花茶でも飲むか?」
ヤンガの爺さんが、どこからともなく水筒を取り出し、自慢の苦花茶を差し出す。……またそれか。苦花の種やら銅像やら、よくもまあこんな状況で持ってきたものだ。どう考えても私利私欲だが、「代々受け継がれしもの」と言われると強くは言えない。前の村の名残だと思えば、多少は理解できなくもないが。
「ゲンさん、そういや鳥の怪物、干してたやつ回収しといたっすよ。みんなで運べたの助かったっすね。あれ、食べないんすか?」サブはよだれを垂らしながら聞いてくる。さっきまで死にそうだったのに、食い物の話になると急に元気になるのは何なんだ。「保存食だ。まだ使う時じゃない」そう答えつつ、俺はサブの指差す先を見る。
そこにはキバとアイズ、通称“インテリパワーコンビ”が手押し台車を引いていた。食糧や衣類、貴重品が山のように積まれている。そしてその上にちょこんと座るソウ。何もせず、ただ応援しているだけだ。……いや降りろ。誰もツッコまないあたり、この一族もだいぶ慣れてきたらしい。
やがて視界の先に、きらりと光るものが見えた。川だ。水の流れる音が、乾いた空気の中でやけに心地よく響く。俺は自然と歩みを早めた。「ほら、見ろ。もうすぐ目的地だ」指を差すと、皆の顔にわずかな安堵が浮かぶ。
水源に近いこの場所は、拠点としては悪くない。飲み水も確保できるし、食料も期待できる。だが――問題は、この周辺に何がいるか分からないことだ。見慣れない土地というのは、それだけで危険を孕んでいる。油断すれば、一瞬で命を落とすことになる。
俺は慎重に川へ近づく。水面は静かだ。だが、その奥から確かに“何か”がこちらを見ている気配がある。魚……か?いや、普通の魚じゃない。サイズがおかしい。明らかに大きすぎる。嫌な予感が背筋をなぞる。「キシャアッ!」次の瞬間、水面を割ってそれが飛びかかってきた。鋭い牙、濁った目、そして明確な殺意。「あぶねっ!」反射的に来国長を形態変化で生み出し、そのまま一閃。肉を裂く感触とともに、魚は地面へと叩き落とされた。軽い。強さも大したことはない。……食えるな、これ。
「おー、ゲンよ。それはシクティスという肉食魚じゃな」
ヤンガの爺さんが妙に落ち着いた声で言う。
「なんでも食べる上に、大群で襲う習性があるらしい。古来より伝わる危険な魚じゃ……」
「いや、それは先に言え――」
言い終わる前に怒鳴り声が響いた。
「おい、ゲン!!なんかこの魚、飛びかかってきたぞ!!」
ロドだ。ヒゲを揺らしながら叫んでいる。……なんだそのヒゲ。ああ、肉食魚らしい。川には――」そこまで言いかけて、言葉が止まった。
川を見た瞬間、思考が凍りつく。水面が埋まっている。無数の魚影が、ぎっしりと。うごめく黒い影が、こちらを見ている。数が異常だ。一匹や二匹ではない。群れというより、塊だ。「なんだ、これは……こんなに……」誰かが呟く。恐怖と困惑が混じった空気が流れる。だがその沈黙は、次の瞬間、別の感情に塗り替えられた。
「最高じゃん!!!」気づけば叫んでいた。食糧だ。圧倒的な食糧。これだけあれば、当面は困らない。未来への不安が、一気に希望へと変わる。
「よし!お前ら、こいつら狩るぞ!」
「「「「ええ!?」」」」
村の民、総勢五十名が一斉に引いた。
「ねえ、本当に大丈夫なの?」
ヤンガの娘ヤンダが不安げに言う。
「大丈夫だ。肉質も悪くなさそうだしな」
「いや、それあんただからでしょ!」
さらに俺は刀を軽く振る。
「それに、この刀――かっこいいだろ?」
「「「それ作れないから!!」」」
一斉ツッコミ。……なんだよ、ノリ悪いな。だが確かに、この刀は誰でも扱えるものじゃない。儀式と、あの少女との繋がりが必要だ。神なのか何なのか分からないが、おそらく神だろう。そして、確かに力を貸してくれている。そして王国への恨み。それは俺と同じだ。だからこそ、繋がったのかもしれない。
「お、おい!案外いけるぞ!!」村人の一人が叫ぶ。振り返ると、二人がかりでシクティスを押さえ込み、仕留めていた。腕の中で魚がピクピクと痙攣している。慣れない者には不気味だろうが、それでも倒せると分かった瞬間、空気が変わった。
恐怖が、徐々に行動へと変わっていく。誰かが石を投げ、誰かが棒で叩く。形態変化出来るものは自身の腕を、足を使う。最初はぎこちなかった動きが、次第に連携へと変わっていく。
……ちょっとあれだが、背に腹は代えられない。
川辺には、水しぶきと叫び声が混ざり合う。滑る足場、跳ねる魚、ぶつかる身体。それでも誰も引かない。ここで食料を確保できるかどうかが、これからの生存を左右する。必死さが、そのまま力になっていた。
倒した魚を抱え、息を切らしながらも笑う者もいる。さっきまで絶望の中にいたとは思えない光景だ。人間は、希望を見つけた瞬間にここまで変われるのかと、少しだけ驚いた。
俺はその様子を見ながら、静かに息を吐く。これでしばらくは持つ。だが、これは始まりに過ぎない。この先、どれだけの困難が待っているのかは分からない。それでも――進むしかない。
守るべきものがある限り、止まるわけにはいかない。川のせせらぎの中で、俺は改めて前を見据える。これは、生き延びるための戦いだ。そして同時に、俺たちが“始まりの一族”として歩み出す、試練でもあった。
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