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グリーン・インパクト  作者: 未来が見えない
第一章 交錯する世界

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第五十話 探究心(side Doctor.J)

 エウロパがタイムスリップしたその後、他の特殊部隊も中生代――約二億年前へと、順番に送り出された。転送装置が低く唸り、研究施設の転送室は何度も白い光に包まれる。その光はまるで空間そのものが裂けるかのように広がり、床に刻まれた転送リングの幾何学模様を淡く浮かび上がらせていた。


 隊員たちは一人、また一人と光の中心へ歩み出る。彼らの装備はこの時代の最先端。外骨格スーツ、環境適応システム、量子通信デバイス、そして各種探査機器。だがそれでも彼らが向かう先は未知の時代――人類がまだ存在していない中生代である。


 光が収束する瞬間、隊員たちの姿は音もなく消えた。転送は成功した証拠だ。だが、その先で何が起こるのかは誰にも分からない。


 最後の転送が終わると、転送装置はゆっくりと停止した。研究施設の広い空間には、機械の低い駆動音だけが静かに残る。


 私は静まり返った研究室へ戻り、ゆっくりと椅子に腰を下ろした。両肘を机につき、額を押さえるようにして頭を抱える。


 はあ……実に悩ましい。


 思わず深いため息が漏れた。


「博士、大丈夫ですか?どうされました?」


 声をかけてきたのはラウアだ。ラウアはスーツの上に白衣を整え、いつものように背筋を伸ばして立っている。理知的な雰囲気を纏った研究助手であり、この施設の中でも特に優秀な人材の一人だ。


 ――だがその内心は、まったく別の世界だった。


(ああ……悩んでいるドクターも最高ですぅぅぅ。ああドクター……いやJ様ぁ……その表情……そのお顔……私のデバイスのトップ画にさせてほしいぃぃ!尊い……尊すぎますぅぅぅ♡)


 しかし彼女の顔は微動だにしない。眉一つ動かさず、完全な無表情を保ったまま博士を見つめている。内心では嵐のような感情が暴れているにもかかわらず、それを一切表に出さないのはもはや一種の才能だった。


 ラウアは博士にバレないよう、徹底して表情筋を殺していた。


「ああ、悪いねラウア君」


 私は顔を上げ、軽く手を振った。


「体調は問題ないんだがね……少し考え事をしていた」


「考え事、ですか?」


「ああ。今回タイムスリップした彼らには期待している。しかし……本当に上手くいくのかとね」


 私は椅子の背もたれに体を預け、天井を見上げた。白い照明の光がぼんやりと視界に広がる。


「少し……思考を巡らせたい」


「あ、博士。わ、分かりました。部屋に戻ります」


(今日はいつもより深く考えている顔だわ……でもそんな姿も素敵♡本当はもっと見ていたいけど邪魔になりそう……悲しいけど……ああ博士……次はもっとそのお顔を観察しますからね♡)


 ラウアは丁寧に一礼すると、静かに研究室を後にした。自動扉が音もなく閉まり、研究室には再び静寂が訪れる。


 私は顎に手を当て、小さく呟いた。


 タイムスリップか……。


 これは、ほとんど賭けだ。


 成功へ至る確率は――極めて低い。


 なぜなら、タイムスリップした時点で事象は変化するからだ。


 物理法則に従えば、原因と結果の関係は絶対である。過去を改変するという行為は、その因果律そのものを揺るがす危険な行為だ。


 つまり――もし二億年前へ向かった彼らが、この世界線の歴史に存在していたのならば。


 現代の地層や遺物として、何らかの痕跡が既に観測されていなければならない。


 しかし、それが無い。


 ということは可能性は三つ。


 一つ。彼らはこの世界とは異なる世界線へ移動した。


 二つ。彼らの行動によって、この世界が新たな分岐へと移行した。


 そして三つ目。


 単純に――彼らは痕跡を残すことすらできず、生き残れなかった。


 私は机の上の端末を指先で軽く叩いた。


 だが、海底から発見された“コア”の存在だけは事実だ。


 未だに――あれの解析方法が分からない。


 コアの表面は炭素構造体に覆われ、その隙間を埋めるようにウイルスのような微生物群が蠢いている。それらは単なる付着物ではない。まるで意思を持つかのように互いに連携し、外部からの干渉を完全に遮断している。


 それらが一種の防御膜のように働き、内部構造の観測を完全に妨害しているのだ。


 放射線を照射しても同じだった。


 微生物が瞬時に集まり、まるで生きた盾のように反応する。


 結果、モニターに映るのは――ただの真っ暗な偶像のみ。


 内部構造は、何一つ観測できない。


「まったく……嘆かわしい」


 私は小さく笑った。


 この時代の最先端技術をもってしても、解明できないとは。


 次の瞬間、思わず声が漏れた。


「ふふ……ふふふ……ははははははは!」


 研究室に笑い声が響く。


「素晴らしい……素晴らしいじゃないか!」


 私は立ち上がり、端末画面を見つめた。


「この時代の最先端技術で作り上げた機械たちが……古の技術に負けるとは!」


 心が震える。


 科学者として、これほど面白い現象はない。


「面白い……面白いぞ……!これがバイオテクノロジーというやつか」


 静まり返った研究室の中で、私は一人思考し、一人で喋り続ける。


 Dr.J。


 世間から見れば奇人だろう。


 だが、私の思考は止まらない。


 あのコアは、おそらく生物的存在だ。


 しかし、どの系統だ?


 私は以前、脳オルガノイドの研究を行っていた。人間の脳組織を培養し、電気信号によってデータ保存を行う実験だ。


 結果としてデータ保存は可能だった。


 だが限界もあった。


 DNAに書き込める情報量は限られている。


 さらにタンパク質は約百五十万年で変質する。


 長期保存媒体としては不安定すぎる。


 だから私は気付いた。


 情報保存の鍵は――遺伝子だ。


 ならば、あのコアは何だ?


 ウイルスのような微生物群。炭素化合物による外殻。それらが混ざり合い、巨大な集合生物のような構造を形成している。


 だが意思は感じられない。


 解析時に放射線を当てたときも、反応は単なる防衛行動だった。


 まるで人間の反射神経のような反応。


 つまり――指令が存在する。


 反応がある以上、命令系統があるはずだ。


「……ということは」


 私は小さく呟いた。


「こいつの“中身”が……本体というわけか」


 思考はさらに加速する。


 私は部隊に別々の任務を与えた。コアの製造方法の調査、コア内部構造の解析、中生代の環境調査。そして可能ならば持ち帰れ、無理ならば痕跡を残せと命じた。しかし現代の地層にはそれらしいものが何一つ見当たらない。もしかすると海底の深い地層に埋もれているのかもしれない。そうなると作業は厄介だ。堆積物の採取、サンプル分析、膨大な時間がかかる。しかも彼らが分かりやすい形で残してくれなければ音波探査にも引っかからない。


私は再び椅子に腰を落とした。「はあ……本当に悩ましい」人に頼るというのは実に効率が悪い。だがそれでもやるしかない。私はゆっくり立ち上がった。今日はもう研究はここまでだ。「……帰るとするか」研究室の照明を落とし、天井のガラス越しに夜空を見上げる。星が静かに輝いている。「望遠鏡の手入れでもして気を落ち着かせよう。それに……今日は、実に、いい星が見られそうだ」私は小さく笑った。

いつもお読みいただきありがとうございます。皆さまからのブックマークや高評価が、執筆の大きな励みになります。これからも楽しんでいただけるよう精一杯書いていきますので、引き続き応援よろしくお願いします!

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