第四十六話 ゲンは心に誓う
真紅の甲冑は剥がれ落ちていくように、空気と共に消えていく。俺は凄まじいエネルギーの消費で膝から崩れ落ち、両手を地面についた。四つん這いの体勢で思考する。これじゃ、追うこともできねえか……
ガニメデ。あいつの名前は覚えた。あの無機物があいつの名前を呼んでいたから、間違いないはずだ。
それに、王国のリザードマンを従えているようだったな。奴は何者なんだ?
分からないことだらけだ……。そうだ、村のみんなの状況。ソウが無事か、戻らないと……。
山のような氷は、冷気を残し、まだ溶けそうな気配はない。俺はそれを一瞥したあと、リンが倒れている方向へ小走りで向かった。
どうやら辺りには、もうリザードマンの影はないようだ。先ほどまでの戦いの音も聞こえず、驚くほど静かだった。
「……ング、おかあさん……」
ソウはリンの体の上に覆いかぶさり、泣いていた。
悪い。お母さんの仇を取れなかった。
リンは冷たく青ざめている。
周囲には血液が固まった独特の匂いが漂っていた。未来で言う刀などに使われている、鉄という物質が錆びついたような匂いというべきだろうか。
そして泣いているソウを見て、俺の中でも感情に蓋をしていた悲しみが押し寄せる。
「ソウ、無事か? よかった……。あのな、悪い奴はもういなくなった……」
「ほんと?」
「ほんとさ……」
幼いながらも、泣きながら純粋な目で見つめてくるソウから、俺は思わず目を逸らしてしまう。
奴を殺すことができなかったこと。
そして、まだあいつが生きているという事実が、頭の中にこびりついて離れない。
ソウには、あの恐ろしい化け物と関わってほしくない。俺一人で奴らと戦うつもりでいる。
「おかあさんの、かたきはとれたの……?」
ソウは純粋な疑問をぶつけてくる。
「それは…………」
俺は言葉を選べず、黙ってしまう。
純粋なソウに、なんと伝えればいいのか分からない。
仇は取ったよ、とも言えない。
いずれ奴はまたここに来る。
そうなれば、また悲惨なことになるだろう。
俺はそれを阻止する。
ソウにバレないように。
「グスッ、ング……よわむし……」
ソウは俺のところへ駆け寄り、小さな拳で腹を殴る。
物理的な痛みは何も感じない。
だが、心にくる。
精神的なダメージが、とてつもなく響いた。
察してしまったのか。こんな小さな子どもでも、状況は分かっているんだな。
「ごめん、情けないよな」
「んん、んぐ……うわーん」
ソウは俺に抱きつき、泣いている。ソウにとってリンは大切な母親で、俺もまたその一人だ。怖い思いをさせてしまったようだ。
ソウをあやしながら、俺は心に誓う。ソウはこれから大人になるにつれて、王国と戦うことになるかもしれない。
それだけは避けたい。
だが、王国は得体の知れない存在であり、村まで追手を送れるほどの人材がいることから、一筋縄ではいかないのは分かりきっている。
俺一人で単独で乗りこんだとして、勝てるかどうかも分からない。
それに、逃げた方向しか分からない状況で王国へ向かった場合、村へ向かった追手とすれ違ったとき、悲惨な目に遭うのは目に見えている。
――ならば、どうするか。
未来で見た武将、武田信玄。
彼の言葉に「人は城、人は石垣、人は堀」という名言がある。
物理的な城よりも、家臣団の結束と忠誠心こそが国を守る最も強固な城である。有能な人材が外敵を防ぐ強固な防壁となる。
石垣は城の土台を支え、敵の侵入を防ぐ役割を果たす。民の支持が、敵を寄せ付けない深い堀となる。
堀は城の周囲に巡らされ、敵の侵入を阻む最後の防衛線となる。
俺がこれからやるべきことは、俺一人がこの村を守ることじゃない。
この村と共に成長し、信頼を築き、村の民を育てていくことだ。
それは人だけではない。
物理的な村の防衛網も考えなければならない。
奴らが来る前に、こちらの準備を万全にしておかなければ、攻めることすらできない。
これだ。方向性は決まった。俺の心に火がつく。
抱いていたソウをおんぶし、青白く血液が固まったリンの遺体をお姫様だっこで抱える。
リン、約束したもんな。
俺はこの子と共に成長していくよ。
村のみんなも。
だから――見ていてくれ。
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