第四話 怪物と狩人
ヤンは無策のまま、思いのままに怪物へと飛び出した。右腕の鋏で怪物の首を狙い、飛びかかる。
「待つんだ、ヤン!!」
立場が逆転していた。
ラルクを止める側だったヤンが激昂し、ラルクは友を失いたくないあまり、未だかつてない行動に出ている。
怪物の頭である梟の目が細まり、まるで笑顔を連想させるかのような表情へと変わった。
(流石に、やばい。ヤンは我を忘れている。俺がどうにか……)
「クソっ……あまり使いたくない手だが」
ラルクは脳内で“あるもの”を思い描いた。そして左腕の鋏に、それを合体させるように思考する。
それは、鋏に『空気貝』を融合させたイメージだった。
貝は、自身が動く際に殻を閉じる衝撃で前進する。その発想から、腕に装着すればジェットスピードで移動できるのではないかと、以前一人で形態変化の練習をしていたものだ。
「こいっ! 空気貝!」
すると、鋏の周囲を囲うように貝が幾重にも重なり、まるで鋏がロケットのように、開いた殻を鋏後方へ向けて装着された。
(これなら、間に合うはず!!)
――ガカッ、ドヒュン。
複数枚の貝が開閉した衝撃で、空間が一瞬波打つ。それと同時に、左鋏腕が前方へ凄まじい勢いで引き出された。
ラルクは出力と同時に、怪物へ向かうヤンへと照準を合わせていた。
鋏で浮き上がる身体を捻り、もう片方の腕でヤンを掴もうとした、その時だった。
「ケキャッッ」
怪物は前足を振り上げ、鷲の鉤爪のような鋭い爪をヤンへと伸ばした。
ヤンは避けることができず、そのまま串刺しにされる。
貫かれ、投げ捨てられた直後、さらに後ろ足で――ズドン、と。
身体は無残にも踏み潰され、原形を留めないほどに破壊された。
「ヤン……ヤン!!!」
あまりに一瞬の出来事だった。
戸惑いと涙が止まらず、ラルクはどうしていいかわからなくなる。
怪物は楽しげに、大地をドンドンと踏み鳴らしている。その様子があまりに不愉快で、ラルクの心はさらに締め付けられた。
「ラルク……」
「ヤン! 大丈夫だ、まだ……まだ、なんとか助かるかもしれない! ほら、形態変化すれば自己再生だって――」
ラルクは大粒の涙を流しながら、必死に叫ぶ。
「それ……は……ムリだ。分かったなら……はやくいけ!」
(まったく……お前が努力してるのは知っていたさ。その姿、ものにしたんだな……生きろよ、ラルク……アンナいまいくから……)
やがてヤンは言葉を発さなくなり、瞳孔がゆっくりと開いていく。
ラルクは、それをはっきりと確認してしまった。
涙を堪え、怪物を見る。
怪物はまだこちらを見つめ、ドタドタと足踏みをしている。
心底胸糞悪いが、逃げるチャンスだった。
好戦的なラルクでさえ、圧倒的な実力差を前にし、戦術的撤退を選ばざるを得なかった。
「ポーー」
怪物が奇妙な鳴き声を上げ、こちらへ歩み寄ろうとする。
ラルクはヤンを担ごうとした。しかし『はやくいけ!』という言葉が脳内で繰り返し再生される。
鋏を怪物とは真逆の方向へ向け、ガチャリと構え、今出せる最高出力で逃げ出した。
「ヤン……ごめんな。いつか必ず、そいつをぶっ殺してやるからな」
――逃亡。
怪物は意外にもラルクを追わなかった。ただ梟の顔をくるりと傾け、目を細めただけだった。
やがて地に落ちたヤンの亡骸を前足で拾い上げ、ケンタウロスの上半身である猿の腕で抱き寄せる。
梟の頭で腹部をついばみ、臓物を引きずり出した。
「ト……ト……モ……ダチ?」
不確かな発声ながら、怪物は人語を発した。
だが、それは一瞬だけだった。
目は再び紅く染まり、臓物と頭を繋げたまま、ケンタウロスの胴体に乗せる。
その後、綺麗になったヤンの身体を、上半身の虫の骨格が縦に割れ、伸びた触手で喰らった。
「ポーー」
怪物は鳴き声を上げたが、そこに感情はなく、ただ無機質だった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「はあ……はあ……ここまで来れば、いいだろう」
ラルクは集合場所である二対の巨木へと辿り着いた。
すると物陰から、二つの影が現れる。
(誰だ……? 他にも生きている奴がいるのか?)
「おっ! ラルクのおっさんじゃん! なんか、ひどく汚れてるね」
小さな影から現れたのは、ゲンの息子――ソウだった。
その後ろから、ゲンが訝しげにラルクを見つめている。
「お前、ヤンはどうした? それに、他の狩人は?」
「そ、それが……うっ……」
ラルクは先ほどまでの出来事を思い出し、吐き気を催す。その場に崩れ落ちるようにして、嘔吐した。
「おいおい、大丈夫かよ。無理すんな。」
ラルクは『大丈夫だ』と答え、これまで起きた出来事を、順にゲンとソウ親子へ語り始めた。
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