表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
グリーン・インパクト  作者: 未来が見えない
第一章 交錯する世界

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

30/52

第二十九話 ゲンの追憶

 ――ゲンの深層意識下に封じられていた、記憶の領域がゆっくりと解かれていく。

 凍りついた湖面にひびが入るように、十三年前の光景が浮かび上がった。


 ◆


 まだ、村の狩猟団の一員として名を馳せていた頃のゲン。

 若く、身体はしなやかで、目には迷いがなかった。


 土と木の匂いが混じる素朴な村。

 広場らしい広場もなく、家々は粗削りな木材と土壁で組まれている。だが、夕刻になると煙突から上がる煙が空を薄く染め、人の気配が確かにそこに息づいていた。


 仲間がいて、

 妻のリンがいて、

 そして、言葉を覚えはじめたばかりの息子――ソウがいた。


 その日々が永遠に続くと、疑いもしなかった。


「おい、サブ、これ見ろよ。」


 誇らしげに掲げたのは、アナコンダのような長躯に六本の脚を持つ蛇羅(ジャラ)

 黒光りする鱗は夕陽を弾き、乾いた血がまだ固まりきっていない。


「うわぁ……こいつぁ大物っすね、ゲンさん。足、太ぇ……。これ一本で俺の腕くらいあるっすよ」


 サブは目を輝かせ、ぶらりと垂れた脚を持ち上げる。

 まだ僅かに残る体温が、獲物の生命を思い出させた。


「あんたらねぇ……子供じゃないんだから、もう少し賢そうにできないの?」


 呆れ半分、笑み半分の声。

 振り返ると、リンが腕を組んで立っていた。


 陽に透ける栗色の髪。

 働き者の手。

 その足元から、そっと顔を覗かせる小さな影――ソウだ。


「おう、リン、ちょうどいいところに来た。

 ほらソウ、隠れるなって。怖いもんじゃねぇ。父さんが仕留めたんだ。こいつは食べ物だ、平気だぞ」


 得意げに蛇羅を見せびらかす。


 ソウは大きな目をさらに見開き――


 ぽすん。


 尻餅をついた。


 そして一拍遅れて、


「うわああああぁぁん……!」


 泣き声が村に響いた。


「ゲンの馬鹿! ソウはまだ小さいのよ!」


 リンは慌てて抱き上げ、優しく背を撫でる。

 それでも、泣きじゃくる合間にソウの視線は、ちらちらと蛇羅に向いている。


「……ま、まあいいわ。今晩はこれね。皮を剥いで、炭で焼きましょ。脂が落ちてちょうどいいはず」


「お、いいな。煮付けより焼きだな。こいつの肉は弾力があって――」


「ゲンさんって、ほんと食いもんにはうるさいっすよね」


「当たり前だろ。肉はな、己の身体を作る基礎だ。

 不味いもん食って強くなれるか? なあ、ソウ?」


 泣きながらも、ソウは鼻水を垂らしつつ呟く。


「……ニク」


 一同、沈黙。


 次の瞬間――


「ほらなぁ! ソウも肉が好きなんだぜ!」


 ゲンは勢いよく抱き上げ、肩車する。


「にぃーっく! にぃーっく! にぃーーっくううう!

 ほらサブ、お前もやれ!」


「え、あ、こうッスか!?

 にぃーっく! にぃーっく! にぃーーっくううう!」


 なぜか両手は蟹のように横へ。


「馬鹿野郎! なんで肉なのにカニのポーズなんだよ!」


 ソウは、父の肩の上で涙を忘れ、声を上げて笑う。


 リンも、こらえきれず吹き出した。


「あはははっ……はぁ、おかしい。

 ソウ、お父さんに似ちゃだめよ? 筋肉と食欲しか育たないわよ」


「なんだと、リン」


 夕陽が四人を赤く包む。

 煙の匂い。

 遠くで鳴く家畜の声。

 温かな体温。


 それは、ありふれていて、何よりも尊い時間だった。

いつもお読みいただきありがとうございます。皆さまからのブックマークや高評価が、執筆の大きな励みになります。これからも楽しんでいただけるよう精一杯書いていきますので、引き続き応援よろしくお願いします!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ