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グリーン・インパクト  作者: 未来が見えない
序章 始まりの血脈

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第二十七話 TT.ガニメデ

 歌舞伎町のような雑踏――夜の街を駆け抜ける。

 ネオンが濡れた路面に反射し、紫と青と赤が滲み合う。電子広告が空中に浮かび、ホログラムの看板が乱立する通りを、ガニメデは一直線に突き抜けた。喧騒は遠く、彼の耳にはほとんど届いていない。


 頭の中は妄想で満ちている。

 正常な判断が入り込む余地など、もはやどこにもなかった。


 研究施設の無機質な外壁が視界に入る。都市の喧騒とは対照的な、冷たい鉱物質の建造物。自動セキュリティの生体認証ブロックは沈黙したまま発動しない。彼は特殊部隊所属の正式な関係者だ。


 任務で渡されたコードを情報ウィンドウへ展開。指先の動きは迷いがなく、端末へ送信。幾重にも重ねられた暗証番号、多層認証、網膜照合――すべてが滑らかに通過する。


 ラボへの侵入は、あまりにも容易だった。


 その最奥に鎮座していたのは――

 光遡行空間移動装置(タイムマシン)


 薄闇の中で、それは静かに存在感を放っている。未来的な円筒構造。人一人がすっぽり収まるサイズ。外装には用途不明の補助装置、冷却ユニット、演算ノードが幾重にも接続され、微かな駆動音を立てていた。


 本来、この任務の最終決定権は部隊長ハウメアに委ねられている。

 古代への跳躍は、全員が揃った時点で実行される予定だった。


 一度に五人は送れない。エネルギーの総量が足りないため、転送は一人ずつ。順番は模擬戦で決める――それがハウメアの判断。


 万全の準備を整えてから行く。

 それが彼の方針だった。


 だが。


 前線で負けたものから、"一人ずつ"向こうへと行く。


 その言葉の「ひとり」だけを切り取った男が、ここにいる。


 ガニメデは単独行動を選んだ。


 夜間のラボは薄暗く、足元を間接照明が細く照らす。

 彼は操作パネルに触れ、照度を上げた。白光が装置を浮かび上がらせる。


(これが、例のやつか……。行き先は古代。設定は既に組まれているはずだ)


 筒内へ足を踏み入れる。床面がわずかに沈み、内部デバイスが起動。半透明のUIが展開され、彼の周囲を取り囲む。


 自身の情報をリンク。


 ――生体データ読み取り開始

 ――神経同期率測定

 ――解析中……

 ――コード:ガニメデ

 ――認証成功


 視界の隅で数値が跳ね上がる。


 リンクは完了した。


(タイムトラベル、ね。本当に可能なのか?模擬では成功例もあるらしいが……)


 一瞬だけ、不安が喉元を掠める。


(今さら疑っても意味はない。成功例に賭けるしかねえ)


 その時が来る。


 『情報エネルギーコア(IEコア)確認。出力開始。

 タイムトラベル:中世代――適合率40%』


 低い振動が足元から伝わる。空気がわずかに重くなる。


 一瞬の静寂。


 『出力最大化――適合率100%

 カウントダウン開始。3、2、1……』


 光が弾けた。


(おおっ、眩しい――!)


 情報エネルギーコア(IEコア)から放出された膨大なエネルギーと情報データが、光の粒子となって装置内部へ収束していく。粒子は渦を巻き、円筒の内壁をなぞるように走る。神々しい輝きが満ち、空気が震え、金属が軋む。


 カウントが消えた瞬間――音が消失する。


 無音。


 鼓動すら遠のく。


 空間が歪む。

 視界が引き裂かれ、世界が折り畳まれるように圧縮される。


 存在の輪郭が曖昧になる。


 もし外から見ていたなら、装置周囲の空間は水面のように湾曲し、波紋を描き、そして何事もなかったかのように元へ戻っただろう。


 だが、ガニメデは――もうそこにいない。


 肉体の感覚は消えた。

 上下も前後もない。


 思念だけが漂う。


 時空の奔流に放り込まれたように、彼は情報の海を漂流する。無数の光の帯が走り抜け、数式の断片、映像の残滓、記憶にも似た何かが高速で交差する。



挿絵(By みてみん)



 それは景色ではない。

 情報そのものだ。


 意識が引き延ばされる。


 そして。


 うねる時空間に、飲み込まれた。


 ◆


 ―― 中生代(約2億年前)


(頭が……いてぇ……。ここは本当に、あの場所なのか……?)


 ゆっくりと身を起こす。湿った土の感触が掌に伝わる。


 目に映る景色は、彼の知る世界とはまるで違っていた。


 元の世界は鉱物と合金で構成された無機質な都市。空は常に人工光で照らされ、地面は均質な素材で覆われていた。


 だが、ここは違う。


 生命に満ちている。


 見たこともない植物が天へと伸び、巨大な葉が重なり合い、原始林を形成している。湿った空気。濃い匂い。遠くで響く未知の動物の鳴き声。


 風が葉を揺らし、光が木漏れ日となって地面を照らす。


 ガニメデは息を呑んだ。


 鼓動が速い。


 しばらくその場に立ち尽くし、状況を整理する。


(さて……博士が所望するコアを探すとするか)


 視線を巡らせる。


(最悪、コアそのものじゃなくてもいい。あれを開く“鍵”でもな)


 文明の痕跡は見当たらない。


(まずは、人間が存在するかどうかだな……)


 全身の装備を確かめる。呼吸を整える。


 そして。


 ガニメデは、未知の時代へと一歩を踏み出した

いつもお読みいただきありがとうございます。皆さまからのブックマークや高評価が、執筆の大きな励みになります。これからも楽しんでいただけるよう精一杯書いていきますので、引き続き応援よろしくお願いします!

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