つらさのかたち
「つらい」と彼女は言おうとした。
声に出したわけではない。けれど、部屋の空気が少しだけ重くなった。カーテンの隙間から差し込む朝の光さえ、どこか申し訳なさそうに揺れていた。
彼女はノートを開いて、そこに書いた。
あたしより不幸な人が この世にたくさんいるんだと
いくら思ってみても
とっても つらいよ
書いたあと、しばらくじっと見つめた。文字がにじんで、ゆらゆらと波打って見えた。
「贅沢だって、思われるかもしれないな」と彼女は思った。「でも、これはあたしのつらさなんだ」
彼女は机の引き出しから、古い手紙を取り出した。かつての友人が書いたもの。そこにはこうあった。
「あなたのつらさは、あなたのもの。誰かと比べなくていい。
つらいって言っていい。
それは、あなたがちゃんと生きてる証だから」
彼女はその一文を、何度も読み返した。
そして、そっとノートのページをめくり、新しいページに書いた。
あたしは あたしのつらさが つらい
それでも あたしは あたしのままでいたい
そのとき、窓の外で鳥が鳴いた。冬の空に、かすかな陽が差し始めていた。
彼女は深く息を吸い込んだ。
つらさは消えなかった。でも、少しだけ、言葉にできたことで、心の奥に小さな空気穴が開いたような気がした。
連載版もあります。
詩小説ショートショート集
わたしとAI君とのコラボレーションです。
このショートショートのもとになった詩は、連載版「われは詩人 でなければ死人 ーAIと詩を語るー」で読めます。
ショートショートタイトル「つらさのかたち」の原詩は「つらいよ」です。




