第7話:森の散策
俺が初めて町の外に出たのは、確か十歳になったかどうかくらいの頃だったと思う。親父やその仕事仲間たちに連れられて、俺はバンダル東部にある岩山の一つ、要するに鉱山の見学に行ったのである。
俺たちが住んでいたバンダルでは鉱山から産出される魔鉱石が非常に重要だったから。しかも親父たちの仕事はその魔鉱石を使って魔道具を作るというものだったから。
だからつまり、親父たちは俺に見せたかったのだろう。理解させたかったのだろう。そこで採れる魔鉱石という物の重要性を、そしてそれがどのようにしてバンダルへと供給されているのかということを。
とはいえ、その頃の俺はまだ子供。日頃から魔道具について色々と叩き込まれ教えられていたのだけれど、所詮は子供。岩だらけの山に掘られた大穴やそこで忙しなく動き回る男たちを見ても面白いはずがなく・・・。
だから俺は、行き帰りに見た色とりどりの花々に興味をそそられた。動き回る小動物たちに目を奪われた。小さな虫たちに心を動かされた。だってそれらは町中では殆ど目にすることができないものばかりだったから。
楽しかった。それらを見てそれが何なのか親父たちに聞いて、でも親父たちも詳しくは知らなくて、親父たちの興味は鉱山と魔鉱石にしかなくて。それでも楽しかった。あの時の俺は町の外の知識に疎くて、だからこそ何もかもが新鮮に映ったんだ。
「はぁ~~~~」
懐かしい。何もかもが懐かしい。そして羨ましい。あの頃の純真無垢な自分が羨ましい。
「前を見ても右を見ても左を見ても後ろを見ても木!木!!そしてまた木!!!」
あの頃の自分だったら、何も知らない無知な子供だったら、俺を取り囲むこの木々を見ても感動できたのではないだろうか?
「あっ、花だ。滅茶苦茶毒々しい色してるな・・・」
真っ白な花を見て、綺麗だと思った。真っ赤な花を見て、美しいと思った。そして今、妙に毒々しい色の花を見て俺は大きな溜息を零している。
「大人になるというのは、なんて残酷なことなんだろう・・・」
楽しくない。全然全く楽しくない・・・。
「花を見ても小動物を見ても虫を見ても、もう何も思わない。何も感じない・・・」
森の散策を始めてからどれくらい経ったのだろう?もうお昼かな?それとも・・・。
「そういえば、マスター用の昼食作ってなかったな。ま、いっか・・・」
温泉探してこいって言って何の情報も渡さずサッサとどこかに行っちゃったし、自業自得だろう。勝手に飢えてればいいんだ。
「とはいえ、暇だ。てか飽きた・・・」
奥の方に行けばまだ見ぬ何かがあるかもって思ってたけど、別になかった。木と草と花とあとは小動物とか虫しかいなかった。
「全部全部、家の周りでも見れるやつばっかだなぁ~。何か珍しいやついないかなぁ~」
適当に時間を潰すのも、思いの外大変だ。もういっそのこと家に帰ってマスターを丸洗いしよっかなぁ~。
「ん?何だ?」
何か、奥の方で動いたような・・・。
「人はこの辺まで来ないって話だし・・・。動物か?だとしたら結構大きそうだけど・・・」
うむむむむ、どうしよう。ちょっと気になる。でも危ないかな?
「いや、行ってみよう。いざとなったら飛んで逃げればいいんだしね」
背中に生える一対の翼を、俺は静かに羽ばたかせる。子供の背丈ほど地面から高い場所を浮遊していた俺は、その高度のままゆっくりと前進する。
「だ、誰かいますかぁ~?」
近付きすぎないよう慎重に距離を取りつつ、茂みの様子を窺う。そうして相手の前方へと回り込み、俺はついにそいつと対面したのである。
「うおっ?!何こいつ・・・。滅茶苦茶つぶらな瞳をしてやがる・・・」
それは、毛むくじゃらの何かだった。そしてそいつは、つぶらな瞳をしていた。
「えっ?何?ちょっと可愛いんですけど・・・」
でかい図体の割にその目は小さく、ウルウルとしていて何ていうかもうそれが超絶愛らしい・・・。
「うにゅ?」
「おおぅ・・・」
「うにゅにゅ?」
「か、可愛っ!!」
思わず、抱きしめたくなった。それくらいには、鳴き声も仕草も可愛いかった。
「ちょっと、撫でてもいいかな?いいよね?」
きっと、大丈夫だろう。たぶん平気だろう。だって、こんなにも可愛いんだから!!
「な、撫でるよぉ~?触るよぉ~~?」
意を決して、俺はその手を差し出す。そして・・・。
「ガブッ」
「へ?」
「ガジガジガジ・・・」
「みぎゃ~~~~っ?!」
俺の絶叫が、木々の間に木霊するのだった。