第6話:ミッション開始
昔々、まだ俺がマークス・エイレンとして生きていた頃に、親父から聞いたことがある。俺たちが住むリーンテッド王国の西側には、空に向かって灼熱の炎を吹き出す巨大な山があるのだと・・・。
その当時はまだ俺も幼かったし、この世に火山と呼ばれるものが存在するということを知らなかった。だからあの時の俺は「山が炎を?竜じゃなくて?」と混乱したし、さぞや面白い顔をしていたことだろう。現にあの時俺の反応を見ていた親父たちは大笑いし、俺の百面相を眺めながら楽しそうに酒を飲んでいたからな。
さて、そんな感じで小さい頃に初めて知った火山というものについてなのだけれど、どうやらそこにマスターが求めるものがあるらしいのだ。これは俺が大きくなってから知った知識になるのだけれど、リーンテッド王国西部に位置するルビタイト王国には多くの火山があり、その近辺の地中から熱くて臭くて不思議な色合いをした湯が大量に湧き出しているらしく、それを温泉と命名し観光の目玉にしているらしいのである。
ふむふむ、なるほど。つまりマスターは、俺に隣国まで行ってその温泉とやらを持ってこいと仰る?ふふ、ふふふ、あはははは!んなことできるわけないでしょ?!
確かに、今の俺には翼がある。ついでに角と尻尾もある。だからそれを使って空を飛ぶことができるし、それ故に徒歩や駆け足よりも遥かに早く隣国へと辿り着くことができるだろう。が!しかし!!俺はそもそも隣国に行ったことなどない、それどころかバンダル以外の町を見たことすらない?!
だからつまり、そのルビタイト王国ってどこ?適当に西に向かって飛べば着くの?火山とか温泉って、ルビタイト王国内だったらどこにでもあるの?そもそも、その温泉ってどうやって持ち帰るの?木桶何杯分?
分からない、何もかもが分からなすぎる。今の俺には、必要なはずの前提知識が足りなすぎるのだ?!
昔の俺はバンダルの町から殆ど出たことすらないただの世間知らず。今の俺はどこぞの森の中にある家に引き籠ったマスターの玩具。そんな俺に今回のミッションはあまりにも難しすぎるし無謀すぎる。
マスターも温泉について特に詳しく知ってるわけでもなさそうだったし・・・。てか、色々と訊く前に俺に作らせた朝食だけ食ってサッサとどっかに行っちゃったし・・・。
全くもう、自分で温泉を探してこいと言っておきながら我が主様は本当に無責任である。元はといえばマスターが体を綺麗にしていないのが原因なんだし、だったらせめて知ってる分の情報の提供とか一緒に探すとか、それくらいはしてくれたっていいと思うんだけどなぁ~。はぁ~~。
まあ、いいだろう。マスターも本気で温泉を探してこいって言ったわけじゃないだろうし・・・。そもそもあの人は知人から臭いって言われたくらいで羞恥心を抱くような性格じゃないと思うんだよね。マスターは何ていうかそのぉ~、色々と開けっ広げというか気にしなさすぎるっていうか・・・。
だからまあ、その辺を適当にブラブラして時間を潰して、帰ったらマスターの服を引っ剥がして頭から水でもぶっ掛けるとしよう。それで少しは身綺麗になるだろうし、服は定期的に俺が洗ってるというか洗わされているというか、だからそっちは大丈夫だろうし・・・。
さてさて、そうと決まったらどうしよっかなぁ~。ブラブラするといってもこの辺、木とか草とか得体の知れない獣しかいないからなぁ・・・。
だから時間を潰すにも今一つ面白味がないっていうか、見て楽しめるものがないっていうか。家の近くは既に散策済みだし、今日はもうちょっとだけ遠くに行ってみよっかなぁ~。もしかしたら何か面白いものが見つかるかもだし。
そうして、森の散策は始まった。見慣れた家を離れ、時折聞こえてくる謎の遠吠えにビビりつつ、俺は先へ先へと木々の間を進むのだった。