第5話:目覚め。そして無茶振り・・・
「やあ、おはようマール」
「・・・・・」
「その様子だと、また悪夢にうなされたようだね?」
「・・・・・」
最悪の目覚めだった。いつも通り、昨日もその前も更にその前の日も、本日同様に最悪の目覚めだった。
「君の脳裏にこびり付いてしまった悪夢はなかなかに手強いなぁ~。ねぇ、マール?」
「・・・・・」
「とりあえず顔でも洗ってきなよ。ちゃんと服を着てさ」
「・・・・・」
あの日も見た、翡翠色の瞳を持つ女性。清廉の魔女とは対照的に、混沌という不名誉な二つ名を刻まれた魔女。
「マスター、あのお客人は?」
「とっくに帰ったよ。今はもう翌日の朝で、昨日の夕食は久々に自炊したんだから」
「・・・・・、そうですか。ならよかったです」
「いやよくないよ全然よくなんてないよ?!ちゃんと夕食も作ってよ?!じゃないと私飢えちゃうよ?!餓死しちゃうよ私ぃ~~!!」
相も変わらず、この人は騒がしい。俺は一人で百面相を楽しんでいる我が主様をガン無視し、ゆっくりとその体を起こす。
「お~う。今日も綺麗で可愛らしいおっぱいだねぇ~。ちっぱいだねぇ~~」
「・・・・・。殴りますよ本当に?」
「いやいやいや、それは君が服を着てないからでしょ」
「着てないんじゃなくて着れないんですよこの翼のせいで!!ついでに尻尾も邪魔なんですよ本当にもう?!」
パンツしか身に着けていなかったが故に、剥き出しになってしまっていたささやかな胸の膨らみを俺は両手で急ぎ隠す。そしてそのまま足下から真っ黒な何かを召喚し、それでもって自身の体を覆っていく。
「相変わらず器用なことをするねぇ~」
寝癖でぼさぼさになった頭髪を揺らしながらそう呟くマスターの視線の先で、俺は無事着替えを終えた。今の俺はパンイチ痴女なんかではなく、真っ黒なワンピースでその身を覆い、角とか翼とか尻尾があるだけのだいぶ変わった女の子である、グスン・・・。
「あぁ、元の体に戻りたい・・・」
「え?戻りたいの?」
「戻りたいに決まってるでしょ?!当たり前でしょ?!」
何言ってるのこの人は?!何考えてるのこの変人は?!
「いやだって、君、言ったよね?あの子を助けてほしいって。清廉の魔女を生かしてほしいって」
「いや、それは・・・」
「あの日あの時、瀕死状態だった君は確かに言ったよ。彼女を生かしてほしいって。そのためにできることは何でもするって」
それはまあ、確かにそうなんだけどさ・・・。
「思わないじゃ、ないですか・・・」
「え?何て?」
「誰も、思わないじゃないですか!!生かすって、助けるって、その結果がこれなんて?!」
「えぇ~~?」
あの日俺は、いつの間にか気を失っていた。でもって次に目を覚ますと、そこには下半身を失い絶命した清廉の魔女と、それを悲しそうに眺める混沌の魔女がいた。
「私はね、君を助けるつもりだった。君だけを助けるつもりでいたんだよ。何故ならば、あの場で助けられそうだったのは君、マークス・エイレンだけだったからね」
「・・・・・」
「清廉の魔女は、君が憧れ恋焦がれたミリエル・ノドヴァは、既に絶命していたんだ。だから、私にはどうすることもできなかった。唯一君の願いを叶える方法は、これしかなかったんだよ」
「・・・・・」
翡翠色の瞳が、俺を見つめている。その頬にそばかすを散らした混沌の魔女が、俺を真っ直ぐ見つめている。
「ミリエルとは、私もそれなりに親しくしていたから・・・。だから、助けられるものなら助けたかったんだけどね。でも、無理なものは無理なんだよ。超絶優秀で天才な私でも、ね・・・」
混沌の魔女の言葉はどこまでも真っ直ぐで、そこに嘘は無くて・・・。だからこそ、俺は彼女の顔を見つめ返すことができない。俺は、マスターの視線から逃げるように顔を俯けることしかできない。
「マスター、私は・・・」
俺はあの時、どうすればよかったのだろう?あの日あの時、清廉の魔女を、ミリエル様を助ける方法は無かったのだろうか?
「過去を悔いても、何も変えられないよ。だから君は、前だけを向くべきだ」
「・・・・・。マスター・・・」
「というわけで、まずは顔を洗ってきなさい。そして、私のために温泉を探すのです!!」
「え?マスター?」
お、温泉?
「昨日、オルドーに言われたんだよ。臭いって、風呂に入れって・・・」
「・・・・・」
「だから、マールは温泉を探してきて。なる早で!今すぐ!!」
「・・・・・」
そうしてその日もまた、マスターの無茶振りは唐突に始まった。先程までのしんみりとした空気はどこへやら、本当にどこへやら・・・。