第3話:歪な形の人形
激しい口論に夢中な二人を置いて、俺は自室へと舞い戻った。マスターの指示通り茶と菓子はテーブルの上に置いておいたし、だからまあ問題はないだろう。たぶん・・・。
「ふぅ~、疲れた・・・」
ベッドの上へと体を投げ出し、俺はそのままうつ伏せになる。
「あの男、怒ってたな。俺のことで・・・」
暫くの間うつ伏せのまま過ごし、しかしながらどうにも落ち着かず、俺はベッドから飛び降り窓に向かってゆっくりと歩みを進める。
「・・・・・、はぁ~~」
先程見たばかりの鏡ほどハッキリとは映らないのだけれど、窓ガラスには薄っすらと少女の姿が見て取れた。
「これが今の俺、これが・・・」
癖っ気のない、銀色の長髪。透き通った深い青色の瞳。そして、角。ついでに、翼と尻尾・・・。
「いや何でだよ!!」
両耳のちょい上辺りに覗く一対の小さな三角形の角は、後頭部に向かって生えている。左側の角は白くて、右側の角は黒くて、この対照的なモノトーンカラーがお洒落で・・・。いやんなわけあるか?!
「角とかいらないんだよ!翼も尻尾もいらないんだよ!!てか寝る時邪魔なんだよ?!服だってうまく着れないんだよ?!」
あぁ、イライラする。イライラしすぎて知らず知らずの内に暴れ出していた尻尾が近くにあった机の脚に当たってそれが地味に痛くて、何だか悲しくなる。
「何で、何でなんだよ・・・。何で・・・」
心の中に溜まり続ける鬱々とした感情と、どこに向ければよいのか分からない怒りや悲しみ。それは日に日に俺の心を蝕んで、ただでさえ生気のない瞳がより一層淀んでいく。
「はぁ~~」
あの二人の会話は、まだ続いているようだ。であるならば、これ以上大声を出したり暴れたりするのは得策ではないだろう。
「はぁ~~~~」
今日はもう、寝てしまおう。今はまだお昼を過ぎたくらいの時間だから、夜中に目が覚めてしまうだろうけれど・・・。でも、何かダメだ・・・。このままだと頭がどうにかなりそうで、心が落ち着かなくて・・・。
「はふぅ・・・」
あぁ、布団の感触が心地いい。
「服も、もういいや。全部脱いじゃえ・・・」
俺はそう呟くと、自身の体を覆っていた黒い衣を全て脱ぎ捨てる。より正確に言うならば、脱ぎ捨てると言うよりも消し去ると言った方が正しいのかもしれないけれど。
「あぁ、布団のヒンヤリ感が気持ちいぃ・・・。はふぅ~」
マスターより直々に賜った真っ白なパンツのみを身に纏い、掛け布団をくしゃくしゃにして抱き枕にし、俺はいよいよ夢の世界へと旅立つことにした。
「明日になったら、こんなバカげた夢は終わってるかもしれない。寧ろ、そうであってくれ・・・」
それは叶わない願いだと知りつつも、俺は祈らずにはいられない。
「あぁ、ミリエル様。俺は・・・」
翡翠色の瞳を持つ、金髪の魔女。あの女によって魔改造されたこの体の本来の持ち主は、もう・・・。
「あの時、どうしていれば・・・。あの日あの時、俺はどう行動すればよかったんだ・・・」
微睡み、ぐにゃぐにゃになっていく思考の中で俺は考え続ける。
「どうしていれば、俺はあなたを救え・・・。むにゃむにゃ・・・」
そうしてその日、俺は眠りに就いた。いつも通り、あの日見た悪夢と悔恨に苛まれうなされながら。