第21話:腹の虫
暇である。実に暇である。今の俺は無意味に家の中の片付けを始めてしまうくらいには超絶暇なのである。
「この鏡どうしよっかなぁ~。ここに置いとくのも邪魔だし、いっそのこと俺の部屋に持っていっちゃおっかなぁ~」
元々は、マスターの部屋に置かれていたはずの等身大の鏡。それが何故か今は厨房の出入り口付近に置かれており、朝昼夕の料理担当である俺からしたらこれがまたすこぶる邪魔でしかたがない。
「マスターは身嗜みとか全然気にしないからなぁ~。せっかくの美人なのに・・・」
今の俺よりも頭一つ分背が高く、胸やお尻も大きい。翡翠色の瞳が覗く目はスッと細く黙ってさえいればその顔は理知的であり、頬に散らばるそばかすがチャーミングな大人の女性。
そんなマスターはしかしながら、その破天荒な言動が全てを台無しにしてしまっており誠に残念極まりない。しかも彼女が着る服といったら短パンと伸び切っただらしのないシャツだけであり、それに上着を羽織りサンダルを履いて町までお出掛けしてるんだからもう俺としては目を覆いたくなる今日この頃なのである。
「せめて、もうちょっとまともな服を着てくれたらなぁ~」
短パンでもいい。シャツだけでもいい。だけど伸び切っただらしのないやつじゃなくて、せめてちゃんとしたシャツにしてほしい。
「俺だって、昔はもうちょっとマシな格好してたし。それなのにあの人は・・・」
茶色の短髪に、同じく茶色の瞳。中肉中背で、勿論イケメンなんかじゃない。そんな昔の俺でさえもうちょっとちゃんとした服を着ていたのだ。仕事の関係で殆ど作業着姿ではあったのだけれど、それでも店を離れ顧客の元を訪れる際には綺麗な服に着替えたし、まかり間違ってもヨレヨレのシャツを着たりなんてしなかったのだ。
「まあ、言ってもしょうがないか。あの人、お風呂にも碌に入らないし・・・」
定期的に俺が服を引っ剥がし、それを洗濯するついでにあの人の肌をタオルで磨かなければ、あの人の体臭は今以上に恐ろしいことになっていただろう。
「つくづく残念な人だなぁ~」
呟きながらも俺は風竜の力で鏡を浮かし、それをゆっくりと移動させる。そしてそれは無事俺の部屋へと辿り着いた。
「よしっ」
ベッドと机と椅子だけだったその部屋に、新たに加わった大きな鏡。その中に映る銀髪の少女は満足げに微笑み、小さく頷いていた。
「・・・・・」
相も変わらず、この姿は実年齢に比べ幼く見える。初めて会った時にも思ったのだけれど、とてもこの人が二十歳越えの女性だとは思えない。
「う、う~む・・・」
背が低いからだろうか。胸が小さいからだろうか。それとも、お尻が小さいからだろうか。
「いや、それよりも顔の印象か?」
瑠璃色の瞳が覗く目は、パッチリとしていて大きい。やや低く丸っこい鼻も、実に可愛らしい。ぷっくりとした唇は、色艶もよく柔らかい。血色のよい頬も、癖になるくらいにはプニプニだ。
「顔のパーツ一つ一つが無駄に可愛らしい。だけど、そのせいでちょっと子供っぽく見えるのかな」
あの人も、そのことを気にしていたっけ。他の隊員と比べて一回り以上若く見えるその容姿を・・・。
「んんぅ、ふぅ~~」
鏡の前で軽く伸びをし、俺は息を吐き出す。そしてそのまま部屋を後にし、乱雑に散らかった家の中を見回す。
「この不気味な像、マジで何なんだろ?」
この像、夜に見ると本当に気味が悪いんだよね。トイレに行く時とかビクッてなるし・・・。
「邪魔だし不気味だし、マスターの部屋の中に押し込んどくか」
そうして片付けという名の暇潰しは続き、やがて日も暮れ夜となった。
「マスター、今日は遅かったですね?」
いつもであれば、昼食を食べに一度は戻ってくるのだけれど。
「ごめんごめん。ちょっと仕事が立て込んでてねぇ~」
マスターの不在により倉庫内の食材を利用できず、お昼は野草スープのみだった俺の腹の虫はマスターへの抗議の声を上げていた。
「ぐぅ~~~~」
「・・・・・」
「ぐぐぅ~~~~」
「・・・・・」
お腹が・・・。俺のお腹が・・・。
「今度から、マールも一緒に行こっか。そうすれば、外でお昼一緒に食べれるでしょ」
「ぐぐぐぅ~~~~」
頭に角を持ち、背中には翼を持ち、更には尻尾まで持つ俺。
「私、マスターと一緒に行けますかね?門兵に止められたりとかしません?」
「まあ、その辺はどうとでもなるよ。任せておいて」
俺の町デビューが、決まった瞬間であった。




