第2話:来客
気まぐれであり横暴であり、それと同時に決して逆らうことができない絶対的な存在でもあり・・・。そんなマスターの命令によって俺は今、客人用の茶を淹れていた。
「やあやあ!久しぶりだねオルドー!!」
「ええ、お久しぶりですね。確か、直に会うのは二年ぶりくらいでしたかな?混沌の魔女殿」
「混沌の魔女ぉ~?あはははは!やめてくれるその呼び名、こっ恥ずかしいって!!昔みたいにアスティーって呼んでよアスティ―って!!!」
「・・・・・。まあ、考えておきましょう」
玄関の方から聞こえてくる、騒がしい声。それは間違いなく俺のマスターのものであり、もう一人の声は随分と渋いな・・・。
「さあさあ、座ってよ!!」
「・・・・・。ええ、ありがとうございます」
「今、ウチのメイドにお茶を準備させてるからさ、もうちょっとだけ待ってよ!!」
「メイド?メイドを雇ったのですか?」
今ではすっかり見慣れてしまった、翡翠色の瞳を持つ金髪の女性。そしてもう一人、口元に真っ白な髭をたんまりと生やした老齢の男性。
「お、お待たせしました。どうぞ・・・」
二人の視線が、俺を射抜く。二人の瞳が、俺の体を頭の天辺からつま先までじっとりねっとりと眺め回す。
「どう?可愛いでしょ?」
「・・・・・」
「凄いでしょ?ねえ!!」
「・・・・・」
一人壊れたテンションのままはしゃぐ我が主様の対面で、渋い表情を浮かべている男性。その男性の目元は険しく、ついでに口元も険しく、あの、俺、何かやっちゃいました?
「混沌の、魔女殿?」
「だぁ~かぁ~らぁ~~、その呼び方はやめてって言ってるじゃん!!」
「・・・・・。アスティア殿?これは、何です?この、人型の何かは・・・」
「何って、ただのメイドだよ。この前、私が造ったんだ!えっへん!!」
険しかった男性の目元と口元が、より一層険しさを増す。しかしながらそんな男性の様子を一切気にする様子もなく、我が主様は本日も絶好調である。
「ねえねえ!!凄いでしょ?」
「えぇ、そうですね・・・。凄いと言えば、確かに凄いのですけど・・・」
「この子を造るの、本当に大変だったんだからぁ~。貴重な生体素材を滅茶苦茶消費しちゃったしぃ~~」
「・・・・・」
この空気は、マズいな・・・。何ていうか、絶対にマズいな・・・。
「マスター。お茶菓子の準備をしてきますね?」
「おっ?そういえばまだだったね。よろしく!!」
「はい。では、少々お待ちを・・・」
鋭い視線を投げ掛けてくる男性から逃げるように、俺は厨房へと足早で戻る。そしてそこで茶菓子の準備をする振りをしながら、二人の会話に耳を澄ませる。
「我が国の法では生体ゴーレム、すなわちホムンクルスの私的研究及び製造は禁止されています。そのことは勿論、あなたも御存知ですよね?」
「うん、知ってるよ。で、それが何?」
「それが何、ですって?あなた、それは本気で言っているのですか?」
男性の声色から伝わってくるのは、困惑。そして、静かな怒り。それは小心者の俺を委縮させるには十分すぎるほどの威力を持っており、つまり今の俺は超ビビっていた。
「ヤバいって?!これ、絶対にヤバいやつだって?!」
生体ゴーレム?ホムンクルス?研究と製造の禁止?どれもこれも俺にとっては今一つ聞き慣れない言葉だな・・・。とはいえ、その言葉から漂ってくる不気味で物騒な響きは俺の心を不安にさせるには十分すぎるものであり、男性の剣吞な雰囲気も手伝ってか茶菓子を載せた皿を持つ俺の手は大きく震えてしまっていた。
「私はもう、王立研究所の職員じゃない。何なら、この国の民ですらない」
「だから、法を破っても問題ないとでも?今あなたが暮らしているここは、まだリーンテッド王国の領土内だというのに?」
「王国内といっても、ここは碌に管理もされていない森の中。ここには新聞配達の少年は勿論木こりや猟師すらこないし、金にがめつい徴税人だって来やしない。でしょ?」
あぁ、どうしよう。行きたくない・・・。あの二人の所に行きたくないんですけど・・・。
「仮に、一万歩譲るとして・・・」
あ、あのぅ・・・。
「一万歩も何も、私は別に間違ったことなんて何一つしてないし・・・」
そのぅ・・・。
「あなたは、本気で・・・」
お、お茶菓子・・・。
「そもそもあなたは!!」
「あ~あ~聞きたくない聞きたくない!年寄りの説教は聞きたくありませぇ~~ん!!」
持ってき・・・。
「それに、あのホムンクルスの体!!あれは・・・」
お茶菓子ここに置いとくんで・・・。俺、もう引っ込んでていいかな?