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人形少女と混沌の魔女  作者: ぴよ ピヨ子
第一章:人形少女と竜の力
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第10話:圧倒的敗北者

 マスターが今の俺を形作るにあたり植え付けた力、それは竜の力。幼体の竜の生体素材を無理矢理移植するという荒業によってそれは実現しており、魔獣と呼ばれる凶暴で凶悪で最悪な生き物の頂点に君臨する王者の力を今の俺は限定的にとはいえ持っているらしいのだ。

 それにも拘わらず、今の俺は情けない悲鳴を上げながら逃げていた。背中に生える一対の薄緑色の翼を懸命に動かして、文字通り尻尾を巻きながら逃げていたのである。


「ひぃ~~~~?!」


 幻聴が聞こえる。「うにゅ?」という何とも間抜けで可愛らしくもあり、しかしながら絶対に近付いてはならない悪魔の鳴き声が俺の脳裏に響いてくる。

 もうだいぶ離れたはずなのに、相当距離を取ったはずなのに、まだあの声が俺の耳の中をグチャグチャに掻き回す。あの声が、「うにゅ?」というあの悪魔の鳴き声が・・・。


「嫌だ嫌だ嫌だ?!もう嫌ぁ~~~~っ?!」


 親父たちに聞かれようものならば、卒倒されたかもしれない。それほどまでに女々しい悲鳴を今の俺は上げていた。かつての俺がその声を聞いたならば、女の子が暴漢に襲われているのではないかと勘違いしただろう。それほどまでに今の俺は女の子らしい甲高い悲鳴を上げており、それを気にする余裕すらなかったのである。


「はぁ~、はぁ~、はぁ~・・・」


 がむしゃらに逃げた。とにかく逃げた。あの化け物から少しでも遠くへ、より安全な場所を目指して。


「はぁ~、はぁ~、はぁ~・・・」


 滅茶苦茶逃げた。すんごく逃げた。パンイチ姿で、脇目も振らず。


「はぁ~、はぁ~、はぁ~、はぁ~、ふぅ~~」


 そうして俺はようやっと辿り着いたのだ。見慣れた家へと。何故か真っ裸のマスターが満面の笑みで出迎えるその場所へと・・・。


「やあ、おかえりマール!!」

「ぜぇ、はぁ、ぜぇ・・・」

「君があまりにも遅かったから、我慢できずに自分で露天風呂作っちゃったよ!!」

「ぜぇ、はぁ、ぜぇ、はぁ・・・」


 フラフラと、俺は地上に戻る。そしてそのままマスターの方へと近付いていき、最後の力を振り絞って剥き出しのお腹に頭突きを喰らわす。


「おぶっ?!」


 マスターのお腹は無防備であり、柔らかかった。だからそれなりのダメージは与えられたようである。ふふふっ、ざまぁ~。


「自力で準備できるなら、俺に頼む意味とかなくないですか?」

「・・・・・。俺?」


 あっ、やべっ・・・。


「マール?君は可愛いんだから、ちゃんと可愛らしい話し方をしないと!!」

「いや、その・・・」

「悪い子には、お仕置きが必要だね?」

「ちょっ?!まっ?!ひぃん?!」


 突如として、俺の体から力が抜ける。そしてそのまま謎の力でもって宙へと持ち上げられ、唯一死守していた真っ白なパンツを剥ぎ取られて、マスター謹製の露天風呂の中へと雑に放り込まれた。


「あぶっ?!」

「あはははは!!どうだい、なかなかのものだろう?」

「あぶぶぶぶ?!」

「あはははははは!!」


 巨大な切り株の中身をくり抜き整えて、その中を温かなお湯で満たしただけの露天風呂。それは勿論温泉などではないはずで、でも意外と悪くはなかった。


「この切り株、どうしたんです?」

「倉庫を整理してたら出てきたんだよ。だから使えるんじゃないかと思ってね」


 自らも切り株お風呂の中へとその身を沈めながら、マスターは右のこめかみ付近を指差す。そこには癖っ毛故に普段は目立たない真っ黒な角が覗いており、なるほどね・・・。


「てかこれ、温泉じゃないですよね?」

「当たり前じゃん。温泉とか、どうやってここまで持ってくるんだって話だよ」

「・・・・・。じゃあ、何であんな指示出したんですか?私なら温泉を持ってこれるとでも?」


 マスターの無茶振りはまあ、いつものことである。けれど今日のは難易度云々の前にそもそも実現不可というか何というか・・・。


「君が悪夢にうなされて悩んでいたからさ。だから、ね?」

「・・・・・」

「退屈な時ほど、色々と考えちゃうでしょ。だからまあ、他のことに意識が向かえばちょっとはマシになるかなぁ~って」

「マスター・・・」


 マスターの腕が、俺の頭を優しく包み込む。いつも無理難題ばかり言って俺を困らせてくる女性の豊かな胸が、俺の顔を優しく受け止める。


「君の抱える闇は、すぐには晴れないだろう。でもね、私は君のマスターだから」

「むぐ、むぐぐぐぐ・・・」

「だから、さ。もうちょっと頼ってほしいっていうか・・・」

「むぐ?!むぐぐぐぐっ?!」


 マスター?!息がっ?!息がぁーーーーっ?!


「あれ?マール?マール?!」


 そうしてその日も、非日常的な日常がいつも通り過ぎていったのだった。

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