独白
夢を見ていた。途方もない壮大な夢を。
悪と正義──零か百でしか語れない戦場で、しかし手を取り合い助け合う世界を。
血を流すのではなく笑いをこぼせる世界を。互いに守るべきものがあって。譲れない誇りがあって。
皆が大切な何かの為に戦っている。戦い続けている。これまでに沢山の命を奪ってきた。理由も聞かず、人間の敵だと言う一方的な理由で。
争いとは所謂、洗脳に限りなく近い。敵を倒せば賞賛され、称えられる。その言葉に感情は麻痺をおこし、無関心になっていった。
敵を命あるも者とは思わず、ただの物と思うようになっていったんだ。命を奪うのは、ただ木の枝を踏むのと等しい。その程度の価値になっていった。
助けを求める声も、命からがら媚びへつらう表情も、泣き声も全てが聞こえず見えなくなっていたんだ。
子供の前で両親を殺すまでは──
あの子の絶望に満ちた、覇気のない朧げな瞳が俺の心に疑問を植え付けた。
言わば、それは呪いだった。刃を鈍らせ、生き方を鈍らせた。それは勇者としての仕事に支障を与えるに事足りる。
今までこなしてきた殺戮をこなせず、民や王、そして仲間からすら反感を買い始めた。
結局あいつは、勇者の器なんかじゃなかったんだと。落ちこぼれだったんだと。
徐々に皆が離れていくのを感じていた。何度も何度も過去の自分を取り戻そうと必死に足掻いた。それでも、この体は剣を握る事すら拒み続ける。
刃に映る亡霊が罪の重さを訴え続け、それが怖くて鞘にしまいこんだ。
自分に出来る事を考え、気が付いた時、俺は魔族の孤児院で身分を隠しながら働いていた。
彼らは戦災孤児。俺達が生んでしまった子達。なにか償いをしなくてはならない。そう思ったんだ。
命を奪うのではなく、命を育てる事から始めようと。それが償いの第一歩だと。
けど、運命は俺の傍から剣を離さなかった。
──新たな勇者の誕生。
孤児院は見つかり、俺は今剣を握る。次は奪ってきた者を守る為に。奪われない為に。
これは呪いだ。呪いであり贖罪だ。自分が奪ってきた命の代償。対価にも満たない俺の命で償えと。
夢を見た。いつか、俺が人間である事を孤児院の子達に教え、受け入れてもらい、人にも魔族にも奪っていい命なんかないのだと広められたら──だなんて。
でもそれすら叶いはしないのだろう。敵は勇者一行に騎士の連中。方やこちらは、俺一人。
彼らの目は昔の俺と同じ目をしている。命を命とも思わない冷酷な瞳。語りかけても、その閉ざされた心を開く事は出来ないことも理解している。
結局、定められた歯車の一部でしかないのだ。勇者と呼ばれた俺も。非国民だと罵られた俺も。魔族に償いをしていた俺も。守ってきた国の勇者に刃を向けられている俺も。
この世界の流れを変えることなんて出来ることはしないのだろう。所詮、人一人の力なんざ世界の風には敵いはしない。
平和な世界。誰かの犠牲で成り立つ偽りで語られる世界ではなく、皆が平等に笑える平和な世界。
勇者である俺がすべき事だった真の平和。
──違うか。結局俺も勇者ではなかった。この争いを終わらすだけの宿命を背負ってはいなかった。
実に哀れで滑稽だ。
けど、まあ。俺の終わり方としちゃ、上出来なのかもしれないな。世界と感情に翻弄され、頑なな意志を抱かなかった俺には。
これが最後の戦いになる。誰にも悲しまれない孤独な終わりもまたいいのかもしれない。
ゆっくりと鞘から剣を走らせ言う。
「かかってこい勇者。最初で最後の抗いをみせてやる」