冷たい庭に咲いた花
アリスは毎朝、庭に出ると必ずその植物を引き抜こうとしていた。それは不思議な花で、ほかの花も、母が大切に手入れをしている関係でどれも美しく、また、全て家業の花屋で売り物になるため、丁寧に手入れをされていて、みずみずしく生き生きと咲いているが、その花だけはいつもひときわ目立って輝きを放っている。色鮮やかで、どこか不自然だ。
その存在がアリスの目にとまるたび、アリスが無自覚に抱えている憤りや不満が心から溢れそうになる。その花を引き抜けば、枯らしてしまえば、アリスの心は満足するのだろうか?
しかし、その花はどれだけ力任せに引き抜こうとしても引き抜けず、枯らそうとしても、枯れることはなかった。
ある日、花屋の店先で常連客と言い争いになり、アリスはむしゃくしゃしたまま、庭へ駆け込む。そこでいつも通り目についた、あの花を傷つけようと手を伸ばし、力いっぱい引っ張った。
「何かを傷つけようとするのは、自分の心も傷つけることになるよ」
突然、穏やかな声で、アリスに誰かが語りかけてきた。
「誰?!」
驚いて、周囲を見渡すが、アリス以外に人の姿はない。驚きは静まり、改めて花へ手を伸ばし、それを傷つけようとする。アリスの心はむしゃくしゃしていた。
「だから、僕を傷つければ、アリス、君の心が傷つくだけだよ」
目の前の、花から声が聞こえた気がした。アリスは目を大きく開いて、驚きのあまり声が出ない。顔は青ざめてしまい、手が震える。
「ああ、驚かせてしまったかな? 僕は今、君の目の前で咲いている花だよ。名前はないから、アリス、君の好きなように呼んで」
「?!?!?!」
驚きのあまり、言葉が出なくなったアリスは、目を白黒させて花を見る。花はその様子を見て楽しそうに揺れた。笑っているようだ。
「家族、特にお父さんと上手くいっていないみたいだね。吐き出したい事があるなら、いつでも聞くよ。ただし、僕を傷つけることはしないこと。言葉で自分の気持ちを伝えてごらん?」
穏やかな声で、まるで導くように、アリスを気遣う花。花の言葉に、驚愕の表情から、無感情な、それでいて怒りを堪えているかのような、難しい表情になるアリス。
「……あんたに、私の何が分かるの」
「分からないよねぇ。話してくれないと」
花はまた揺れる。楽しそうに。
「……良いわ。話してあげる。お父さんは、私を自分の思い通りに使いたいの。でも、私はそんなのは嫌。お母さんも、お父さんと一緒よ。私の自由は、ここにはないの」
花は少しだけ、大きく動く。例えるなら、人が首をかしげたような感じだった。
「そうかな? どうしてそう感じるの?」
「……なんか、そんな感じがするの」
アリスの表情は、花と話すうちに徐々にすねたように変化していく。
「なるほど、アリスは一緒にいる誰かから、そういった空気を感じ取りやすいんだね。しんどかったろう?」
「さあ? そう感じたことはないよ。ただ、むかつくだけ」
「それは、とてもしんどいことだよ」
花からそう言葉をかけられた瞬間、アリスは無自覚に涙を流し始める。
「……どうして」
「心がつらいと感じているから」
つらさを自覚したアリスは、そこから花に対して心を開き、自分の感じるままに話し始める。花はただそれを聞いて、時にアリスの感情と行動が伴っていないことを指摘する。そうして、自分の心の状態を把握したアリスは、徐々に行動と言葉の乖離から解放され始めるのだった。
「アリス、なんか最近変わったね」
店先で花の手入れをしていたアリスに、近所に住む幼馴染が声をかける。以前、盛大に言い合いになった事のある相手だ。
「……そんなことないでしょ」
「そんな事あるよ! なんか、優しい雰囲気になったっていうか……」
不思議そうに首をかしげながら、幼馴染は以前、揉めたことを忘れたかのように、アリスに親しげに話しかけてくる。作業の手は止めずに、アリスは軽く返事を返しながら、言われた言葉に嬉しくなった。
「そっか。ありがとう」
「ほら! そういうところ! 前は、『ありがとう』なんて、一度も言わなかったよ!」
「……そんなことないでしょ」
「そんなことあったよ!」
水掛け論に発展しそうになったところで、アリスが手に取ったのは、庭に咲いていた一番弱い花。今までなら、そこで幼馴染相手に投げつけていた。今は、そんなことをしようとも思わない。
「……そうだったかもね」
「……認めるんだ?!」
意外そうな顔をする幼馴染に、苦笑を浮かべたアリスは作業を続ける。アリス自身の心の持ちようが変わった結果、フラワーアレンジメントの印象も変わり、今まではやらせてもらえなかった作業にも両親から、やってみてはどうかなどと勧められるようになった。今やっている作業は、ご近所に住む、若夫婦の結婚式用のブーケの作成だ。花嫁さんの、優しく穏やかな印象と、一生に一度の晴れの舞台を、美しく飾る花々を、生き生きとみせるために、花束としてまとめて行く。
「きれいだよね~。私もいつか……」
両手を組み、天井を見上げて幼馴染は呟く。
「で、今日は花を買うの? 買わないの?」
「おばあちゃんの部屋に飾る花が欲しいから、あとで一緒に見繕って!」
「はいはい」
幼馴染からの依頼に、笑顔で振り向くアリス。自分の心のわだかまりをほどいてくれた、あの不思議な花は、アリスの心がほぐれて、抱えていた問題が解決に向かい始めたころ、今まで強く咲き誇っていた姿が嘘のように、しおれて枯れてしまった。
まるで、アリスの心をほぐすためだけに咲き誇っていたかのようで、その役目は終えたとばかりに、次代の種を残して……。
その種は、アリスの部屋の、書き物机の引き出しの中にそっとしまってある。
いつか、それを必要とする人が、アリスの前に現れたときに、その花の種を贈ることができるように、大切に大切に保管することを決めたのだ。
人の心は、ささいなすれ違いや、自分の状態によって簡単にささくれだつもの。
そんな心を、庭と例えるなら咲き誇る花は何だろうか?と考えました。
この不思議な花は、実はアリスの心に眠る強さを象徴していると考えます。
本当は強く優しく美しい花を、心に咲かせているアリスが、本当の自分を取り戻すために、自分自身と対話した。
その結果が、最後の方のアリスの、徐々に変化し始めた姿につながっていると思います。
花は役目を終えましたが、アリスの自分との対話はこれからも続きます。
ただ、目に見えて分かりやすい対象は、必要なくなったから、花は枯れたと。
あとがきで説明がないとよくわからん内容なのが、文章力のなさを露呈していますな……。
あとがきまでお読みくださり、ありがとうございました。




