◇◆◇◆◇
「――着いたよ」
声をかけられ、私は外へと目を向ける。
橘くんの運転で、私は今、純さんのいる場所へと来ていた。
「……ムリ、してない?」
「ううん。まだ、大丈夫――?」
そっと右手を握られ、橘くんの温もりを感じる。
視線を顔へと向ければ、やわらかに視線を向ける橘くんと視線がぶつかった。
「体、ちょっと震えてる。――全部、一人でしようとかって、背負うこうとないから」
「……うん」
言われれば、確かに体は、小さく震えていて。
心はしっかりしていても、なかなか難しいようだ。
案内をしていた人が、ドアの前で立ち止まる。それを見て、ここにいるのかと、改めて気が引き締まっていき……自然と、握られた手を強く、握り返していた。
中にはもう来ているらしく、あとは、私が入るだけ。
ドアの前に行くものの、足が、徐々にすくんでいく。
……一人で、行かなくちゃって思ったのに。
ただ、ドア一枚隔てているだけ。
それでも恐怖を感じているのだから、今までよく一緒にいたものだと、そんなことを冷静に考えてしまう自分がいた。
頼んでも……いいの、かな。
橘くんの様子を窺えば、私の視線に気が付いたのか、何? と言うふうな表情で私を見る。
「ま、まだ一人は……怖い、から」
ぎゅっと、手に力を込め強く握る。
そして一度、深く深呼吸をしてから、続きの言葉を口にした。
「一緒に……いてくれない、かなぁ?」
自分でも、情けないと思う。
これだけのことを言うのに、今にも、泣きそうな声を出してしまうのだから。
「断るわけないだろう? カワイイ彼女の頼みだからね」
いつものように、ちょっとおどけたような、明るい口調。
大丈夫だからと頭を撫でてくれ、橘くんは、私に安心を与えてくれる。
本当……どうしてこんなに、やさしいんだろう。
違う感情で泣きそうになる気持ちを抑え、ドアノブに手を添える。そして一呼吸間を置いてから――ゆっくり、扉を開けた。
「…………」
「…………」
目の前には、少し痩せたかな? と思う佐々木さんの姿が目に入る。視線が合えば、逸らすことだ出来なくて……橘くんに背中を支えられながら、ようやく、椅子へと腰掛けることが出来た。
大丈夫だって、言い聞かせていたのに……。
まともに顔を見れず、私は俯いたまま、膝に置かれた手に力を込める。
「…………」
「……紅葉」
小さく発せられた言葉に、微かに顔を上げる。
「自分の憂さ晴らしのために、利用して悪かった」
それは、私に対する謝罪の言葉。意外過ぎる言葉に、私は思わず顔を上げ、佐々木さんの顔を見た。
「けどな、途中で、離すのが惜しくなった。これは……嘘じゃない」
付き合った日々が、全て偽りでないなんて証拠はどこにもない。けれど、その言葉に嘘があるようにも思えなくて……。
「だったら……どう、して。あんな、言葉」
あの日、私に言った言葉。
『実はあの時のは朔夜で、俺はただ、それを利用して近付いたんだとしたら……どうする?』
言われなければ、余計なことは考えなかった。あの時の私は、佐々木さんに身を捧げてるって言っても、過言じゃないほどだったのだから。
「――嫌、だったのかもしれない」
ぽつり、呟くような小さな声。その音量のまま、佐々木さんは言葉を続ける。
「お前が純粋過ぎるから……落ちていくのが、嫌に感じたのかもしれない。――たまに、無性に全部、話したい気になって、しょーがなかった」
目の前にある透明な板に、そっと触れる。その手つきはとてもやわらかく、まるで、私をやさしく撫でてくれていた時と、同じような気がした。
「けど、うまく言葉で言えねーし……お前が本当は、朔夜に惚れてるのも、知ってたからな」
目の前にはもう、嫌なイメージの佐々木さんではなく。
幸せだった日々の、やさしい顔をした彼が、そこにはいた。
「お前に……甘えてた。俺の痛みを受け止めてくれるし。――否定、しなかったから」
すがるように顔を近づけ、佐々木さんは言う。
「無理やりしたことは、謝っても許せないって分かってるが……それでも、言わないと悪いと思うから。――俺が、悪かった」
目の前で頭を下げ言う姿に、私は思わず、声をかけていた。
「も、もういいから!――わた、しは……もう、いいの」
その言葉に驚いたのか、二人は同時に、えっ? と声をもらしていた。
私は別に、謝ってほしいんじゃない。
謝るなら、私でなくて……。
「私は、いいの。謝るなら……橘くんに、して」
今まで騙していたことを。
ずっと、傷付けていたことを。
自分に謝ってもらうよりも、そうしてくれる方が、私にはうれしいから。
「「…………」」
意外なのか、二人は私を見たまま、一言も言葉を発しない。沈黙が長く続く中……先に言葉を発したのは。
「オレはもう、謝ってもらってるから」
橘くん、だった。
既に謝罪していたことに、私は間の抜けた声を出してしまった。
「だから、オレももういいから。――こんな時なのに、自分のこと考えないんだな」
ぽんっと、頭に手の平が置かれる。
気にすることないのにと、橘くんはやわらかな笑みを見せた。
「それが、コイツのいいとこだろう?」
「言われなくても分かってるよ。――市ノ瀬には、オレが付いてるから」
「……あぁ。俺からだけでなく、親からも守ってやれよ」
自虐的な言葉をはき、佐々木さんは微かに、笑みを見せた。
ここに来て、初めて会話をする二人。
ギスギスした雰囲気はなく、今はもうふつうの……本当に、仲がいい兄弟の雰囲気が窺えた。




