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「なんか……ヤバいかも」
あぁ~と片手で頭をかき上げる姿に疑問を感じていると、少し頬を染めながら、橘くんは言葉を発する。
「自分で思ったより……好きかもしれない」
それ、って……。
私のことなのかと、そんな不安が湧く。自分だけがすごく好きなんじゃないかと、心が掻き乱されてしまいそうで。
「言っとくけど、市ノ瀬のことはかなり惚れこんでるから」
あ、改めて言われると……。
未だ俯き続ける私に、橘くんはぽんと頭に手の平をのせ、やさしく撫でてくれる。
「好きかもしれないって言うのは……キスのこと。なんか、クセになそうでさ」
だから、今もすごくしたいのだと、さすがに恥ずかしいのか、橘くんの声はいつもと違って聞こえた。
そんなふうに思ってくれたことがうれしくて、私はチラッと盗み見るように、橘くんに視線を向ける。
「……あ、のね?」
言葉を発すると、橘くんも私の方を向き、お互いの視線を交わらせる。
「いい、よ。私、も……したい、から」
まだ、自分からする勇気なんてないけど、もっと触れたいって思うのは、私も同じだから。
しばらく見つめ合うだけだったが、橘くんはふっと笑みを見せると、言葉を口にする。
「言っとくけど……激しいから」
「は、んッ……!?」
言葉なんて、発する暇もないほど。
先程のキスとは、比べ物にならないくらいに、深くて激しいキス。
あまりの勢いに、私は押し倒されるように、ベッドへと体を横たわらせる。
「んんッ……ふぁ」
吐息までもが甘く、どんどん、橘くんに溺れてしまうのが分かる。
体だけでなく、口の中までもがとても熱くて……もどかしい感覚が、全身に広がっていた。
さっきまで、あんなに不安だったのに。
今はもう、そんなことは感じていなかった。
「これ以上やってると――理性ぶっ飛びそう」
唇を離し、囁くように言う声。
やわらかくて、ただでさえ頭がぼぉーっとして心地いい感覚が、余計に体を支配していくようだった。
これ以上は……さすがに私も。
まだ、心の準備が出来ていない。それに、ここは病院だから、さすがにそういうことは、部屋がいいなと思った。
「この続きは……いつか家で、ね?」
そう言って、頬にやさしいキスを落とす。
こ、これじゃあまるで。
キス魔みたいだと、そんなことが頭を過る。
でもこれは、誰彼構わずするキス魔とは違い――私だけに、してくれるもの。
言葉もうれしいけど、こうやって行動に表してくれることが、更に喜びを増していた。
その日はとても穏やかで、ここに来てから、一番寝つきがいい日となった。
◇◆◇◆◇
翌日、リハビリをしていると、私は意外な人物に声をかけられた。
「――愛美、さん?」
ガラス越しに手を振る姿が目に入り、私は部屋に戻ると告げ、愛美さんの元へと歩いて行く。ドアを開けるなり、愛美さんは体を支えてくれ、急がなくてもいいのにと、最初の時を同じく、とても凛とした声をしていた。
「あ、のう。今日は、ど、したん、ですか?」
「紅葉ちゃんのお見舞いにね。それに――色々と、話したいと思って」
何か、あるのかなぁ。
話があるということなので、部屋に戻って話しをすることにした。
「単刀直入に言うわね。――佐々木さんをどうするか、考えている?」
座るなり、愛美さんはそんなことを言った。
やわらかな口調ではあるものの、内容が内容なだけに、嫌な緊張感がある。
「……まだ、分からない、です」
「だと思ったわ。でも、焦らなくていいのよ」
大丈夫だからねと、微笑む愛美さん。
正直、そう言われるとほっとする。
「もし、紅葉ちゃんがいいなら……一度、本人に会うのもありだと思うわよ」
純さんに、会う――?
「っ……!」
途端、頭にあの夜のことがフラッシュバックする。
少しはマシになっているものの、やっぱりまだ、体がどこか怯えているようだ。
「……ごめんなさい。ちょっと、急過ぎたわ」
そう言って、愛美さんはそっと、背中を擦ってくれる。
温かくて、やさしい感覚。心配しなくていいからと言われてるみたいで、とても落ち着く。
「すみ、ません」
「いいのよ。ただね、このままもいけないと思ったから……お節介かもしれないけど、これ以上のキズは、抱えてほしくないから」
「傷、ですか?」
「そうよ。でもそれは、目に見えない方のキズ。――こっちの方のね」
そう言って、愛美さんは自分の胸に手を当てる。
心のって、意味だよね。
愛美さんには、自分が何を抱えているのか知っている口ぶりに思えて。
なんとなく、不思議な感覚を抱いていた。
「……知って、いるんですか?」
何がとは聞かず、出方を窺う。すると愛美さんは、なんとなくね、と言い、言葉を発する。
「虐待、じゃないかしら? 見てたら、そうなんじゃないかなぁって思ったの」
愛美さんも、もしかして……。
同じ経験者だからなのかと、疑問が過る。そんな私を察してか、愛美さんはあっ! と、何か思いついたように話を始める。
「ごめんなさい。私が何をしているのか、言ってなかったわよね?」
頷くと、やっぱり忘れていたのねと、言い忘れていたことを謝られた。
「言ったつもりになっていたわ。私はね……臨床心理士。病院にいる患者さんの、心のケアーが専門の仕事をしているの」
愛美さんのお仕事を聞いて、自分のことを見抜いたことに納得した。
「だからね、少しでも気持ちをラクに出来ればと思って。――古いキズは時間がかかるけど、新しいものは、それ以上酷くならないようには出来るから」
どうして……ここまで、してくれるんだろう。
仲良くはなったものの、会ったのは一回で、メールもしていない。そんな私のことを気にかけてくれるのが、不思議でたまらなかった。




