第11話 向き合う過去
橘くんと、晴れて恋人となった日から数日。
記憶がちゃんとしてきたこともあり、私は警察の人と話をしていた。元々はあの日の夜の話だけだったけど、母が私に暴行を加えていたこともあり、そのことも詳しく聞かれた。
「――それでは、幼い頃からこういうことは日常的だったと?」
「はい。それが、あたり、まえっ」
「無理はしないで下さい。辛ければ、ペンでも携帯でもいいので、楽な方を使って下さい」
話せるようになったものの、あまり長い時間は難しく、せいぜい五分も続けられればいい方で。それ以上続けると、たどたどしい言葉になってしまう。
だから、残りの会話は携帯を使い、話しを進めていった。
「それで――市ノ瀬さんは、訴える気持ちはおありですか?」
話も終わりに差し掛かると、神妙な面持ちで、そんなことを聞かれた。
訴える、か……。
今まで、そんなことを考えたことがないから、急に言われても、正直どうしていいのか困ってしまう。
「気になることがあれば、遠慮なく言って下さい。もし、仮に減刑を望むのであれば、多少は可能となりますし」
色々なことが頭を駆け巡り、答えを出せない。
だから私は、しばらく考えさせてほしいと言い、その日は引き取ってもらった。
減刑、かぁ……。
自分が人の一生を左右するのかと思ったら、とても恐ろしい。
訴えを起こせば、それで気が済むとか、そういう問題ではなくなるし……何より恐ろしいのが、母親からの報復。
どうなっているかは分からないけど、一応は接近禁止命令が出ているらしい。それでも今は釈放されているとかで、嫌な考えが頭に浮かぶ。
なんとなく……お金や伝を使って出てきたんじゃないかと。
母親の性格からしたら、それぐらいやってのけるは、容易いことだから。
「――市ノ瀬」
ドアをノックすると、声の主は、部屋へと入って来る。
声を聞いた途端、私の心臓は徐々に、鼓動の速さを増していく。
「もう少しで退院だって。よかったな」
「う、うん……」
昨日の今日だからか、妙に恥ずかしくて。
今は、まだうまく笑えないことが、ちょっとだけありがたかったりする。
とはいっても、頬が赤く染まってしまうことだけは、どうにもなりそうにない。
……私だけ、なのかなぁ?
橘くんは、いつもと変わらない様子で。自分だけがすごい意識してるんじゃないかって、そんなことが気になってしまう。
「……市ノ瀬?」
何度か呼びかけられ、私はようやく、呼ばれていることに気が付いた。
「どこか、痛むの?」
「違う、よ。えっと……ほん、とうに。大丈夫、だか、ら」
「大丈夫な割に――顔、赤いよ?」
どこか悪戯っぽい笑みを浮かべながら、橘くんは顔を覗き込んでくる。
ち、近い……。
あまりの近さに、私の心臓は、更に加速していくばかりだった。
「…………」
「何か、あるんだろう? 言ってくれないと……」
ふっと笑みを見せた途端、耳元の髪の毛に、そっと口付けをされる。
「く、くすっ、ぐったい……!」
「言わないと、もっとくすぐるよ?」
変わったことと言えば、一つだけあった。
昨日の一件から……橘くんが、すごく甘いということ。
あれからしばらくして、美緒が海さんと来てくれたのだけど、そこでも橘くんは、意外な行動を見せた。二人の目の前だというのに、私を抱きしめての付き合う宣言。
正直……うれしいというより、恥ずかしいという気持ちが勝っていた。
「ぃ、いうっ、から!」
それに……なんだか、ちょっと意地悪な気がする。
ふだんとは違う姿に、私はどきどきしっぱなしだった。
「――何、考えてたの?」
楽しそうに聞く橘くんに、私は視線を逸らしながらも、思っていることを口にした。
「な、なんだか……わた、し、だけが」
「市ノ瀬だけが?」
「は、恥ずかしい、のかなって。――私、だけ。どきどき、してるみたいで……?」
言い終わり、チラッと視線を向けて見ると――そこには、少し驚いたような、頬を赤く染めた橘くんが、目に映った。
「あのさぁ……オレだって、一応は恥ずかしいよ?」
ぽつり呟かれたのは、意外な言葉で。
そんなふうには見えなかったから、私はちょっと信じられなかった。
「でも……か、おには、出ない、から」
「そりゃあ市ノ瀬がカワイイから、からかうのに夢中になっててそう見えてるだけ。内心は、オレもバクバクなんだよ。――分かるだろう?」
ぎゅっと抱きしめられ、橘くんの心臓の音が、間近に感じられる。自分の鼓動と合わさっていくようで、二つの心臓は、大きな音をたてていく。
――同じ、なんだ。
そう思ったら、なんだかうれしくて。私はそっと背中に手を回し抱きついた。
「よか、った。同じ、気持ち、で」
「ははっ、そんなの当たり前。ま、オレが考えてることも、考えてくれてたらうれしいけどなぁ~」
含みのある笑みを見せながら言う橘くんに、私は首を傾げる。すると、左頬に手が添えられて……何を考えてるか理解した途端、心臓は、一際大きな音をたてた。
「イヤならしないよ。市ノ瀬には……そんなこと、したくないから」
甘く囁かれた言葉は、とてもくすぐったくて。
体にゆっくりと浸透し、私の心を、じんわりと暖めてくれる。
答えなんて、分かってるくせに。
分かってて聞く橘くんは、ちょっとどころではなく、かなり意地悪なんじゃないかと思う。
「……ズルい、よ」
視線を少し逸らしながら、ぽつり小さく言葉を発する。
「ははっ、今はズルくていいかも」
言葉が途切れたと思ったら、やわらかな笑みを浮かべる橘くんと視線が交わり――触れるだけの、軽いキスが落ちてきた。
これが初めてのことじゃないのに、やっぱり、変に緊張してしまって。
すぐに俯いて、橘くんの胸元をぎゅっと掴んでいた。




