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「…………」




「…………」




 さっきまで荒れていた空気が、しんと静まりかえり。

 あんなにくっついていたのに、今はお互い、会話はおろか、何一つ動きを見せない。

妙にくすぐったいような、恥らうような雰囲気が、二人の間に漂っていた。

 どうしようかと考えていると、手にしていた氷袋が、ぽろっと手の平から落ちる。

 途端、今更のように声が出せたことを思い出し、何か話をしてみようと思った。

でも、いざ何か言おうと思うと、なんだか恥ずかしくて……毛布の中で、両手を擦り合わせていた。

 せっかく、声が出せたんだから――初めの言葉は、これがいい。

 そんなたいしたことを言う訳でもないのに、緊張は、更に高まっていき。

 喉まで出かかった言葉が、消えてしまいそうで。何度かそれを繰り返し、ようやく決心がついた私は、ゆっくりと、口から音を発した。




「――ぁり、が、とっ」




 小さく紡がれた言葉に、橘くんは、はっとしたような表情を浮かべる。




「ま、ぉって…くっ、れて。――あり、がとう」




 途端、橘くんの目が、赤みを帯びる。

 どうしたのかと心配していると、体が突然、前へと傾く。




「……すっげーうれしい」




 ぎゅっと腕に力が入り、私は再び、抱きしめられているのだと理解した。


「そんな姿見たら……ガマン出来ないって」


「……が、まん?」


 何に耐えているのかが分からず、疑問の声をもらす。すると橘くんは、腕の力を緩め、両手を私の頬へと移動させる。


「イヤなら、イヤって言って」


 こつんと、再びくっつけられる額。

 徐々に顔が近付く様子に、考えられることは、一つしかなくて。




「じゃないと――肯定したって、思うよ?」




 ギリギリのところで、触れることのない唇。

 瞳は真っ直ぐ、真剣な眼差しを向け。

 私から紡がれる言葉を、今か今かと待っていた。




「…………」




「答えて……くれないの?」




 嫌じゃない、けど。

 さっきよりも、言葉が喉につっかえて。

 橘くんは、どうしてこんなことをしているのか。考えれば考えるほど、言葉が出てくるのが難して。からかわれているんじゃないかと、そんな不安が湧いてきてしまう。




「…………」




「――肯定、したね」




 私が言葉を発するよりも先に、もう待てないと言わんばかりに言葉を告げると。




「――――!」




 やわらかな感触が、唇に広がる。

 これがキスだと理解するのに、そう時間はかからなくて。

 触れている間、心臓は大きく脈打ち、その鼓動を強くする。

 壊れ物を扱うような、そっと触れるだけのやさしいキスに、唇が離されてからも、私の心臓は大きく高鳴り続けた。




 ……今、橘くんと。




 熱い視線を向ける橘くんの目は、これが冗談でしたことだとは思えない眼差しをしていて――私のことが、好きだからしたのかという考えが、頭を埋め尽くす。


「自分でデートの時にって言ったけど……もう、ムリ」


 辛いような、どこか少し苦しい表情で、橘くんは言葉を続ける。


「市ノ瀬が忘れても、オレ、何度でも言うから」


 紡がれようとしている言葉が、なんだか分かるような気がして。

 今のこの状態が、妙に懐かしく感じられた。




 似たようなこと……あったの、かな?




 記憶を辿っていくと、以前よりもすんなりと、頭に知らないことが流れてくる。




 一緒に学園祭を回ったこと。

 そして、橘くんの作品が壊されたことも、ショーのことも。




 だから、これから言おうとしていることは……きっと、あの時の再現だ。




「これからの時間……恋人として、オレにくれない?」




 途端、私の目からは涙がゆっくりと溢れ出た。

 今の言葉がうれしいのはもちろん、ちゃんと、あの時のことを思い出せたことがうれしかったから。


「ははっ、あの時と同じだな。――返事、聞かせてくれる?」


「っ……き、まっ、て」


 答えなんて、決まってる。

 あの時と変わらず、私の答えは、橘くんと同じ。




 ただ一つ違うのは……あの時言えなかった言葉を、これから伝えること。




「ぁた、し、も……す、き。――た、ち、ばなっ?!」




 まだ言えていないというのに、私の言葉は遮られ――再び、唇が触れていた。

 今度のは、触れるだけのやさしいキスではなく。

 息をも飲み込むような、少し荒々しいキス。

 激しいその行為に、私は思わず、橘くんの胸元を両手でぎゅっと握っていた。




「……っんん」




 ようやく離されると、うまく息が吸えなかった私は、肩で大きく息をしていた。

 先程のキスよりも、余韻が強く残っていて。

 私は、まともに顔を見ることが出来ず、俯いてしまっていた。




「ごめん……歯止めが、利かなくって」




 ぽつり、小さく発せられた言葉。

 自分でもここまでしてしまったことが意外だったのか、橘くんの声は、どこか恥ずかしさを含んでいる。


「きに、し……ぁい、で。――こ、こいび、と、ぁら……ふ、つぅ」


「あぁ~もう。そんなカワイイこと言ったら……また、したくなるだろう?」


 ぎゅっと体を抱き寄せ、耳元で囁かれる言葉。

 こんなに近くにいるのに、今の私はとても贅沢だ。

もっともっと、こうして触れていたいと思ってしまうのだから。


「ってか、初キスが病院とか、ムードなさ過ぎだった。――ホント、ごめん!」


「き、にっ、しぁい、で。――ぅれ、しい、か、ら」


 そう、だ……ちゃんと、言わないと。

 思い出せたことを伝えようと、軽く深呼吸をし、気持ちを落ち着かせてから、私はゆっくりと言葉を発した。


「あ、のね……お、ぼえてぇ、るよ?」


「覚えてるって……学園祭の、こと?」


 頷くと、橘くんは抱きしめる腕に力を込めた。


「よかった。――ホントに、よかった」


「ごめ、んね? たくっさ、しんぱぃ、かけ、て」


「気にしなくていいって。――もう、いいから」


 そう言って、視線をぶつける橘くん。

 しばらくお互い無言だったものの、どちらともなく惹かれあい……そっと、唇を重ねた。


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