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「なんで……なんでママに逆らうの!?」


「っ……?!」


 膝に置いていた厚紙の本を持ち、それを何度も、私へと叩きつける。


「クレハは、シアワセになりたくないの!? お金があれば、シアワセになれるのに!」


 思わず目を閉じ、咄嗟に両手でかばい顔への直撃は免れた。けれど母は、尚も叩きつけることをやめようとはしない。


「コドモはね、親の言うことを聞くものなの! 分からないの!?」


 まるで、自分もそうしてきたのだと言わんばかりの口調。

 でも、もし仮にそうだったとしても、私までそんなふうに従いたくない。私と母は、同じ人間じゃないんだから。


「ほら、何か言いなさい!」


「っ……!」


 ここで何か言っても、火に油を注ぐようなもの。

 けれど、分かってはいても、これ以上黙っているのは出来なかった。


「ぃ、やっ……い、や!」


「まだ逆らうの!? ホント、あなたは汚い日本人と同じよ!!」


 私が……汚い?

 違う、そんなのは偏見に過ぎない。

 確かに、その国独自のことはある。けど、その国の人だから悪いとか、いいとかは別物なのに。


「クレハは、ママに従えばいいの!!」


「っい……!」


「ほら、言うこと聞くって言いなさい! クレハは、ママの言うとおりにすればっ!?」


「…………?」


 それまで繰り返し叩かれていたのが、突然、パタリと治まる。

 何があったのかと思っていると。




「自分の子ども叩いて……何やってるんですか?」




 低く、威圧するような声が耳入る。

 でも、不思議と私は怖いと感じなくて。




 ゆっくり目を開けると……そこには、母の腕を掴む、橘くんの姿があった。




「カンケイないでしょ!? 口出ししないで!!」


「関係あります!」


「はっ!? あなた、クレハの何。ワタシは母親、あなたは他人でしょ!?」


 もはやヒステリックになっている母には、何を言っても聞く耳なんてなく。

 腕を振り払い、今度は橘くんへと襲いかかろうとする。




 その光景が、まるでスローモーションのように見えて。




 止めなくちゃ、と頭に過った時。



 

「――やめて!!」




 叫んだと同時、私の両腕は、母のおなかをガッチリと掴んでいた。


「バカ、離しなさい! こらっ、クレハ!!」


 ガツン! と、本の角が頭を直撃する。痛みで腕の力が緩んだものの、離すわけにはいかないという意思が、まだ母を離さなかった。




「――何をしているんです!」




 騒ぎを聞きつけた看護師さんたちが、次々と部屋へ入って来る。

 それを見て、さすがにこの状況がよくないと感じたのか、母は一瞬、動きを止めた。


「すみませんが、あなたはここへは入れませんから」


 部屋から出て下さいと言われると、母は再び暴れだした。


「いいかげんにして! 母親が会えないなんて……バカげてる!!」


「患者さんに迷惑です。どうか、お引取りを」


「ちょっと、ワタシは何もしてないわよ!?」


 怒りに任せて暴れる母を取り押さえ、看護師さんたちは、何とか母を部屋から連れ出してくれる。徐々に小さくなる声を聞き、私はようやく、緊張が解け始めた。




 いなく、なった……。




 途端、体から力が抜け、ベッドから落ちる――と思ったのに、そこを橘くんが支えてくれて、床に落ちることはなかった。


「ごめん……また、痛い思いさせて」


 ベッドにきちんと座らせ、橘くんはそっと、抱きしめてくれる。

 そのせいか、今更のように体が震え始めて。涙が、目から溢れ出してきた。


「……もう、大丈夫だから」


 ぎゅっと腕に力を込めると、片手をそっと頭へと移動させ、ゆっくりと撫でてくれて。

 温かくて、全身に、橘くんの温もりを感じる。


「っ……こ、わっ、かっ」


 すがるように、胸もとの服を掴む。


「ガマンしないで、思いっきり泣いていいから。――ありがとう」


 やわらかい声が、耳元で囁かれ。

 お礼を言われたことに疑問を感じていると、腕の力が緩められ、そっと、頬に流れる涙を拭ってくれる。

 そして真っ直ぐに、やわらかな視線を橘くんは向けた。


「さっき、止めようとしてくれただろう? それが……うれしかったから」


 こつんと、額だけをくっつけ言葉を発する。

 間近に顔があって、少しでも動けば、唇が触れてしまいそうで。




 触れちゃえば……いいのに。




 そう願ってしまう自分がいることに、少し驚きだ。

 でも、本当にただ思うだけで……それを口にすることも、ましてや、自分から行動を起こすことなんて、出来るはずない。




「――失礼します」




 途端、それまでくっついていた私たちは、慌てて離れた。

 ドキッ、ドキッと、未だに大きく脈打つ心臓がうるさく。なかなか、落ち着いてくれはしなかった。

 あのまま、だったら……。

 どうなっていたんだろうと思うと、一気に顔が熱くなる。


「先程は……大変、失礼しました」


 深く頭を下げる先生。

 今後はこんなことが起きないようにすると約束し、橘くんとは反対側に来て、叩かれた部分を診ていく。

 頭の他はたいしたことないと思っていたけど、よく見れば、腕に少しかすり傷が出来ている。


「小さいですが、こぶがありますね」


 そう言うと、先生はナースコールを押し、氷を持って来るようにと伝える。

 ベッドを少し起こし、楽な体勢になれるようにすると、ちょうど看護師さんが、氷を持って来てくれた。それを受け取ると、先生は看護師さんと共に、部屋から出て行く。


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