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◇◆◇◆◇


 橘くんと、デートの約束をしてから数日。

 早くその日がくるようにと、リハビリにも気合が入っていた。


「いい調子ですね。――これなら、外出だけでなく、退院も早まるかもしれませんね」


 しかも、先生からうれしい言葉を聞き、気合はより一層倍増された。

 まだ学校へ一人で行くのは難しいものの、家に帰れるかもしれないということを言われ、とても励みに感じる。


「ま、ぁ…だ、め……ぅ、か?」


 声も、以前よりはハッキリと発音が出来るようになってきて。全部が全部伝わるわけではないけど、美緒にもなんとか伝えられるぐらいになっていた。


「そうですねぇ。――あと二、三日、様子を見てよければ許可しましょう」


 あと、もう少しで。

 そう思ったら、心はとても晴れ晴れとして。

 鏡に映った自分も、心なしか、口元を緩められているような気がした。

 部屋に戻ると、私は携帯を手にし、メールを打つ。ようやくふつうどおりに打てるようになり、右手は完全に、元通り動かせるようになっていた。

 送る相手は橘くん。

 数日中には許可が下りそうだと伝えると、その日が楽しみだというメールが返ってきた。

 このやりとりだけでも舞い上がってしまいそうな自分は、ある意味どこか悪いんじゃないかと思えるほど。一喜一憂してしまうことが、自分でも不思議に感じた。

 何通かメールを交わすと、リハビリをしたこともあってか、徐々に睡魔に襲われる。ベッドに横になると、眠りに落ちるのはあっと言う間で……。




「――クレハ」




 思わぬ来訪者がいることなんて、夢にも思わなかった。




「起きなさい。――クレハ!」




 体を揺さぶられ、私は強制的に眠りから覚まされる。

 何が起きたのかと混乱する頭に、更に追い討ちをかけるような光景が、目に飛び込んできた。




 ……お、かあ、さん。




 目の前にいるのは、間違いなく母親で。髪をショートにしていたものの、その姿を見間違うわけはなく。――反射的に、私の体は硬直した。

 なんで?

 確か、会わせないようにって話していたのに。


「聞いてよ。ここのかんごふさん、おかしいのよ? 母親なのに会えないとか……バカなこと言うの」


 看護師さん、ダメって言ったの?

 でも……だったらどうして、ここにいるの?


「頭にキタから、ママ髪の毛切って、シンセキって言ってようやく入れてもらったのよ?」


 ホント、大変だったわぁと、母は笑った。

 子どもに会うために、そこまでする覚悟はすごいと思うけど……私には、そんなことをされても喜べない。むしろ髪を切って、名前を偽ってまで来ることが、恐怖にすら感じていた。


「それでねぇ……クレハに、見てほしいものがあるの」


 カバンからA4サイズの物を取り出すと、楽しそうに母は笑みを浮かべる。

 白に少し金粉が付いた和紙のような厚紙に、私はあのことが頭を過り、嫌な予感がしていた。




『クレハには、ママの国の人が合うのよ』




 まさか、本当にお見合いなんて……。

 見せられたのは、男性の写真。ほりが深い顔立ちに、少し色黒のそれは、間違いなく、母と同じ国の人だった。


「どう? カッコイイでしょう?」


 片手で写真を見せてくると思えば、もう片方の手は、ガッチリと私の右手を掴んでいて。強制的に、写真を見なければならない状況だった。


「この人、向こうでシャチョウをしてるのよ? ふつうのじゃあなくて、リゾートのところ。いいでしょう?」


 そりゃあ、母にとってはいいだろうけど。

 私はその人に、何の魅力も感じない。知らない人にそこまで思うのは失礼だと分かっているけど、私には、この人とこの先一緒になるという想像が出来ない。


「あら、何も答えなんて……ハズカシイの?」


「…………」


 何も、答えたくない。

 答えなければ叩かれるかもしれないと考えが過るものの、さすがに、病院でそこまではしないだろうと思うから。


「いい。クレハは、この人と会うのよ?」


 分かったの? と、少し低くなる声に怯えてしまい、私は反射的に、首を縦に振り頷いていた。

 満足したのか、母は自分の膝の上に写真を置くと、その手を私の頬へと移動させる。


「そうよ、ママの言うとおりにすればいいの。――いうこときかないから、こうやってビョーインにいるんだから」


 そんな、こと……それとこれとは、関係ないのに。

 触れられた部分が、気持ち悪い。

 頭には今までのことがフラッシュバックし、眩暈にすら襲われる。

 せめて、ナースコールを押せればと思い右手を引いてみるものの、まだ力が完全に戻っていないせいか、ガッチリと掴まれた腕からは、逃れることが出来ないでいた。


「ママが、シアワセにしてあげるからね? クレハは、いうとおりにしてればいいのよ」


 楽しげにふふっと笑みをこぼし、母は私に近付くと。




「っ……!」




 私の額に、唇を落とした。

 途端、気持ち悪いという感情を通り越し……とても、虚しい感覚が湧く。




 お、なじ――。




 同じ場所に、さ、れた。




 橘くんと同じ場所に触れられたのが、酷く悲しくて……目からは、涙が溢れ出していた。


「あら、泣くほどうれしかったの? だったら、もっとしてあげるわよ?」


 再び、笑顔で近付く母。

 この時の笑顔が、私には悪魔のように思えた。




 うれしいはずない。




 こんなの……全然うれしくない!




 怒りにも似た感情が湧き出し、振り払うような仕草を見せ、母から離れようとする。

 少しでも離れたいと、全身が、母という存在を拒絶していた。




 やめて……もう、触らないで!




「……ぃや!」




 拒絶の言葉を口にすると、母は一瞬、驚いたような表情を見せる。けれどすぐに、それは怒りの表情へと変わり――いつも私を叩いていた時と、同じ表情を見せた。


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