表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
50/68

第10話 動き出す時間


 頬に温かみを感じ、ゆっくりと目を開ける。

 カーテンでやわらげられた日差しが顔を照らし、オレンジ色の光が、部屋を包み込んでいた。




「――おはよう」




 そんな音声が聞こえ、私は何度か瞬きをして、近くにいるであろう人物を見た。

 橘、くん……?


「昨日、あれからずっと起きないって聞いたから……かなり心配した」


 ぎゅっと手に力を込められ、ようやく私は、右手を握られていることに気が付いた。

 私、ずっと寝てたんだ。

 先生と話した後の記憶がなく、どうやら、私は十時間も眠っていたようで。それも、呼びかけにも反応しないほどの、深い眠りだったらしい。

 上半身を起こし、ぼぉーっとする頭をなんとか働かせる。




「き…、……ご、め」




 昨日、帰るのを引き留めておいて寝てしまったことを悔やみ、橘くんに頭を下げた。


「もしかして……昨日のこと、気にしてる?」


 頷くと、仕方ないだろう? と言って、橘くんは笑ってくれる。


「話聞いた後だったら、しょうがないって。――ちょっとは、覚えてる?」


「…………」


 正直、完全には覚えてない。

 でも、体がカレを……佐々木純哉と言う名前を聞いた途端、拒絶したのだけは、覚えている。

 右手を離してもらい、携帯に文字を打ち込み、少しだけと伝える。すると橘くんは、どこか安心したような表情を見せた。


「よかった。余計に忘れてたらって、そればっかり気になってた」


 情けないよなと、苦笑をもらしながら、続きの言葉を口にする。


「その……アニキが“元カレ”ってのも、聞いたんだよな?」


 頷くと、橘くんは複雑そうな表情を浮かべる。

 カレが元カレだということが、今の私には意外で。いつのまに別れていたのかと、自分でも驚くほどだった。

 でも……だったら、私は今、フリーってことになるのかなぁ。

 途端、ある考えが頭に思い浮かぶ。

 もしフリーなら……誰を好きになっても、いい、よね?

 橘くんに感じている感覚も、無理に考えないようにしなくていいことになるわけで。

そこまで考えが回るのは、あっという間だった。

 どうしよう……なんだか、恥ずかしい。

 一気に顔が熱くなり、私は橘くんの視線から逃れるように俯いた。

 きっと、今の自分は顔が赤くなっている。それを見られるのも、なんだか恥ずかしく思えてしまって。


「市ノ瀬――? どこか、悪いのか?」


 違うと首を左右に振ると、橘くんは心配そうに、顔を覗こうとする。それに私は、また逃げるように、今度は上半身ごと、橘くんとは反対の方向に背いた。

 明らかに不自然な行動を取る私をみかねてか、突然ガシッ! と両肩を掴まれる。




「なんで……こっち見てくれないの?」




 いつもの声とは明らかに違う、弱々しい声。

 チラッと横目だけで見てみると、悲しそうな表情を浮べる橘くんが目に映った。




「オレのこと……イヤ?」




 違う、嫌だなんて――!

 首を横に振り、違うということを伝える。

 何から話していいのか分からなくて、ただただ、私は戸惑うばかりだった。

 肩に置かれた手が、とても温かくて。大きいなとか、ふだん考えないようなことに意識がいってしまって。




 しばらく、沈黙が続いた後――私はゆっくり、俯きながらも橘くんの方を振り向いた。




 未だ、肩には手が置かれたままで。

 泣き出しそうな、そんな感覚が胸に湧き上がって……鼓動の速さは、増していくばかりだった。




「…………」




「――もし、さ」




 ゆっくりと、言葉を発する橘くん。耳を傾けると、やわらかな声で、続きの言葉を口にする。




「オレのこと意識してるなら……うれしいよ」




 その言葉にハッとし顔を上げると、とてもうれしそうに笑う橘くんと視線が交わる。

 うれ、しい?

 そんなの、本当に私……。

 自分のことを好きなんじゃないかって、自惚れてしまう。

 けれど、好きと言われたわけではなく。

これが告白だと言われれば、そうかもしれないけど。そんな都合よく受け取れるまでの度胸は……私にはない。


「……ぉ、いぅ…い、み?」


 どんな意味で言ったのか、知りたい。知らないと、この先似たような言葉を囁かれれば、一人で舞い上がってしまいそうだから。




「――そんなに、意味が知りたい?」




 悪戯っぽい笑みを浮かべながら言う橘くんに、私は首を縦に動かし答えた。

 すると、その反応がうれしいのか、ふふっと笑みをこぼすと。




「今度、デートしてくれたらね?」




 意外な言葉が、耳に入ってくる。

 私が、橘くんと……?

 最近の記憶で、一度はデートをしたということが分かっていても、実感がないせいか、初めて誘われた感覚して。

 したい、けど……。

 外出の許可は下りていない。それに、歩けるといっても、基本的に手を繋いでもらわないと難しい状況で。


「すぐには行けないだろうけど――どうかな?」


 まるで、答えなんて分かっているかのような言葉。

 私を見つめるその目は、心を見透かしているような……とても、澄んだ目をしている。

 ズルい、よ。そんなふうに見つめられたら、嫌だなんて言えない。

 断るつもりはなかったけど、私は少し間を置いてから、頷いて答えた。


「よかった。場所は……オレに、任せてもらえる?」


 どこに行くのかと気になったけど、正直、橘くんとだったら、どこでもいいと思える自分がいた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ