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◇◆◇◆◇


 病院にも慣れてきた頃、私はようやく、右手をスムーズに動かせるようになっていた。

けれど、肝心のカレからは一切連絡はなく。

 知らされてないのか、はたまた捨てられてしまったのか――嫌な考えが過るものの、美緒とメールするのが楽しみで、そのやりとりが、私の心を明るく保ってくれていた。

 それでも、まだ不安が解消されたわけではない。

 声の方は、未だうまく出せなくて。

 それでも微かに音を発することが出来だし、少しずつ、戻ってきていることが実感出来た。

 残る問題は……あの日に、何があったかということ。

 先生曰く、真実を告げても脳は複雑で、短期間に嫌なことや事故があると、時にそれを間違って記憶し、勝手に構成してしまうらしい。

 だから、数日経った今でも、あの日のことは朧げな記憶でしかない。




 それでも分かるのは……日に日に、胸が張り裂けそうな気持ちになってしまうこと。




 気持ち悪いとか、そんな感情ではなく。

 ある一定のことを考えると、変に胸が騒いでしまって。




 こんなの……まるで、恋してるみたい。




 認めたくないのに、ここまで胸が締め付けられてしまうのは、それ以外に考えられなくて――橘くんにメールすることを、ためらう自分がいた。




「――市ノ瀬さん、入りますよ」




 ガラガラっとドアが開く音が聞こえ、私は上半身を起し、声の人物を待つ。

 看護師さんが、変わりはないですかと訊ね、血圧や熱を測っていく。


「少しずつ、表情が出てますね」


「そぅ…、…ぁ?」


「あ、声も昨日よりいいじゃないですか。話せる日も、近そうですね」


 本当、早くみんなとしゃべりたい。

 メールが出来るだけでもうれしいけど、やっぱり、直接会って話したいから。


「そうそう。今日はいい知らせがあるんですよ?」


 笑顔を見せる看護師さんに、私は首を傾げる。


「今日から、面会が許可されましたよ。これで友達とも会えますね」


 美緒たちに、会えるんだ――!

 うれしくて、看護師さんがいなくなるとすぐ、私は携帯を手にした。

 めんかいできるよ、っと。

 送信すると、数分も経たないうちに返信が。そこには、放課後に早速行くからと書かれていた。

 うれしい、すぐに来てくれるなんて。

 思わず笑みがこぼれるものの、ふと、ガラス越しの自分を見れば、否応なしに現実を見てしまう。




 ――やっぱり、まだ。




 最初に比べれば、口角が少し上がってきているものの、それが笑っているかの判断はしにくい。

 美緒たちに事情は話していても、そのことだけがまだ不安で、来ることを楽しみにしていたのに、少し、心に暗い影を落としていた。




「紅葉~会いたかったぁ!!」




 部屋に入るなり、美緒は私に抱きつき、喜びを露にする。


「は、ぁ……み、…」


「声出てるじゃん! よかったぁ~」


 ね、さくちゃん? と、美緒は後ろに視線を向ける。

 けれど、そこに橘くんの姿はなく、未だ病室に入ろうとしない橘くんを、無理やり手を引っ張り、美緒は中へと入れた。


「ほら、シャキッとしなさい!」


背中を勢いよくバチン! と叩き、明らかに痛いと思えるような音が聞こえ、私は思わず、隣に来た橘くんの袖を掴む。


「だ、ぃ…じょ、…?」


「……へ、平気、だから」


 少し顔を歪めながらも、橘くんは片手で背中を擦りながら言う。


「む、ぃ…し、……ぁい?」


「ムリしてないから。ってか、市ノ瀬こそムリするなって」


 そう言って、ぽんと私の頭に手の平を乗せると、橘くんは微笑んでくれた。




「ていうか……さくちゃん、分かるの?」




 疑問の声を出す美緒に、橘くんが私の言葉を理解しているということを、今更のように気付いた。

 表情ではほとんど分からない。

 ましてや言葉でなんて、なかなか分からないと思っていたのに。

 それを理解してくれただけでもうれしいのに、それが橘くんなんだと思ったら……心臓がまた、妙に高鳴ってしまう。


「いや、なんとなく……?」


「さっすが、ふだんから見てるだけあるわねぇ~」


 ふだん、から――?

 思い返してみれば、橘くんとはよく一緒にいるし、遊ぶこともあるけど。


「変なこと言うなって!」


「ははっ、顔赤いよぉ~?」


 そんな姿見たら……勘違い、しちゃうよ?

 自分のことを思ってくれているのかと、そんなことを考えてしまう自分がいて。

 でも、そんなことは気付いてはいけない。理解してはいけないんだと、理性が余計な考えをストップさせる。

 私には……純さんがいるんだから。

 そう思ったら、今カレがどうしているのか気になって、そばにいる橘くんの服の裾を引っ張った。


「じゅ、ぁ…ど、し……?」


「…………」


 途端、橘くんから表情が消える。

 それを見て、いけないことを聞いてしまったのは明らかで。――すぐにやわらかな表情を浮かべたものの、その瞳は、どこか悲しみを含んでいるように見えた。


「市ノ瀬……まだ、何があったか分からないんだろう?」


 ゆっくりと頷くと、橘くんはそっかと言って、続きの言葉を口にする。


「いつのことまで覚えてるか、教えてくれない?」


 言われて、私は携帯を手にした。言葉にするよりも、こっちの方がちゃんと伝えられるから。

 私が覚えてるのは……。

 記憶を巡らせ、数日前のことから、ゆっくりと今に至るまでを考えてみる。

 大会用の絵を仕上げて……あ、美緒の家にお泊りしたんだっけ?

 そこまでいくと、徐々に記憶はあやふやになってくる。

 ズキッ! と痛みが増していき、動かせる右手で額を押さえた。


「ムリ、しなくていいから……」


「そうよ。ムリに思い出そうとしないでいいのよ?」


 心配してくれるけど、やっぱりそこは気になるところだし。

 まだ考えることをやめないでいると――浮かんできたのは、橘くんと手をつないでいるところ。

 すごく楽しい気持ちで、カレといる時を思い出すより、幸せな心地がした。


「で、と。――ぅ、み……?」


 首を傾げながら言うと、橘くんははっとした表情を浮かべる。


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