表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
44/68




「えっと……実は、ね。――純さんと、別れたの」




 一瞬、頭の中が真っ白になって。

 自分が今何を聞いているのか、分からないほど。ようやくそれが理解出来た途端、一番の問題が片付いたんだと思ったら――もう、遠慮なんてする必要はない。

 自然と体は動いて、市ノ瀬を引き寄せる。

 ……誰にも、渡したくない。


「これで心置きなく……市ノ瀬を口説ける」


「く、くどっ!?」


 慌てた様子が愛しく思えて。

 ショーが始まるまでの時間も、一緒に過ごしたい。そう思ったら、周りが見ていようが関係なく、オレはまるで、キスをするかのような体勢で、市ノ瀬にこの後の時間をもらうことを申し出た。

 互いの額をくっつけ、間近で聞くオレに、市ノ瀬は更に顔を赤らめていく。

 その姿がカワイイのはもちろん、なんだか、ちょっとからかいたくもなるような、そんな気分になってくる。

 返事がOKだと聞くと、もう有頂天になっていて。




「――ムカつくんだよ」




 近くに、幸せを壊す足音が近付いているなんて、気付きもせずに。

 ただ、目の前の幸せを実感することしか出来なかった。


 ◇◆◇◆◇


 ショーが始まる時間まで、市ノ瀬との楽しいひと時を過ごしていると、血相を変えた福原が、オレたちを呼びに来た。それだけでもう、何か悪いことなんだと予感がして……。


「…………」


 福原に連れられ教室へ行けば、オレの作品だけが、無残にも切り裂かれていた。

 こんな状態……見られたくなかったなぁ。

 市ノ瀬には、完璧な状態を見せてあげたかったのに。

 時計を見れば、始まるまで一時間を切っている。順番を最後にしてもらえば、なんとかなるかもしれない。

 先生に頼むと、入れ替えを承諾してくれ、オレは服を直しにかかる前に、市ノ瀬に言葉をかけた。




「一番前で見てくれよ?」




 それを最後に、オレは奥の部屋へとこもり、作品を直すことを始めた。

 途中、手伝いを申し出てくれた友達もいたけど、これだけは、どうしても他人に手伝ってほしくない。

 一人黙々と作業を進め、繋ぎ合わせる布を切る。

 幸いなことに、切られたのは大きく、胸元とスカートの二ヶ所のみ。細かな部分は無事だから、そこはそのままにし、青い布を足していく。

 真っ白な布があればと思ったが、今はここにない。その中で青を選んだのは……この色を、市ノ瀬が好んで使っているから。

 初めて見た絵も、青を基調として。

 静かで、それでいて儚いような……澄んだこの色が、オレも好きだから。

 使うならこれしかないと思い、胸元をV字に切り、青い布を足す。スカートの部分も少し布を切り、青の布を縫い合わせる。


「あとは……これだけか」


 裾を長くし、マーメイドドレスの特徴である尾びれを表現し、切り取った白と青い布で、細かな色合いをつけていく。




「――――よし!」




 マネキンに服を着せ、急ぎながらも、丁寧に作品を運ぶ。

 既に最後の組が出ていたが、司会者に話は伝わっているようで、一番の見せ場で、作品を出してもらうことになった。

 出場者が整列し、誰もがこれで終わりだと思わせたところで、照明が消される。

 中央に二人がかりで運び、一旦後ろへと下がると、作品に照明が照らされた。

 司会者からマイクを借り、いよいよこの時が来たと、心は高揚してく。

 何度か深呼吸をし、作品以外のもう一つの目的――市ノ瀬に思いを伝えるため、残りの時間を使う。




「オレ……高校の時から、思ってる人がいます」




 始まりはそう、学校へと通う駅だった。

 いつも見かけているわけじゃないけど、たまに見かける姿が、妙に印象的で。


「ずっと忘れられなくて、他の人といても、違う気がした。――けど、再会した時には既に彼氏がいて」


 一番心惹かれたのは、絵を見た後。

 キレイな色合いで、やわらかな印象を受けるものの……どこか儚くて、淋しい印象も受けた。

 けれど、それから君に会えることはなくて、数回交わした言葉を頼りに、この辺りで一番大きな美術の大学に入って……君を、見つけた。

 だけど、もうその時には、手に入らない存在になっていたことに、あの時もっと話さなかったことを、何度も悔やんだ。

 しかもそれが、アニキの彼女だって言うんだから、悔しさはかなり倍増されて……。


「だから、この気持ちは抑えよう。言ってはいけないことだと、自分に言い聞かせてたけど。――もう、抑えるのはやめた」


 市ノ瀬に視線を合わせ、真っ直ぐに見つめる。



 

「あの時から……ずっと、君に惚れてた」




 忘れてると思った最初の出会いも、市ノ瀬は覚えてくれてて。

 それが、どれだけうれしかったことか。

 こうして思いを告げることも、触れ合うこともないと思っていたのに。




「今日の時間だけじゃ……足りない」




 目の前に行き、片膝を付いてマイクを横に置く。

 これから先の言葉は……市ノ瀬だけが、聞いてくれればいい。

 今の時間だけじゃなく、明日も、明後日も。

 これから先の時間を、共に過ごしてほしい。




「これからの時間……恋人として、オレにくれない?」




 涙を流す市ノ瀬の両頬を包み、囁くように言葉を発する。

 答えは、泣いているせいかちゃんと聞き取れなかったけど……笑顔でオレを見る様子に、言葉にしなくても、なんと言おうとしているのか分かる。

 答えが分かった途端、うれしさのあまり、オレは市ノ瀬を抱え上げた。ステージに立たせると、周りの目なんて考えず、全力で抱きしめる。

 それに市ノ瀬も、背中に手を回し、ぎゅっと抱きしめてくれて――こしていられるのが、幸せ過ぎて、怖いと思えるほど。




「……好きだよ」




 そう耳元で囁くと、市ノ瀬はまた、ぎゅっと抱きしめてくれて。過った不安は、一瞬でなくなってくれた。




 絶対……君を離さない。




 目の前にいる愛しい人とのこれからを思い描きながら、この手をしっかりと握り、ステージから下りて行った。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ