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「えっと……実は、ね。――純さんと、別れたの」
一瞬、頭の中が真っ白になって。
自分が今何を聞いているのか、分からないほど。ようやくそれが理解出来た途端、一番の問題が片付いたんだと思ったら――もう、遠慮なんてする必要はない。
自然と体は動いて、市ノ瀬を引き寄せる。
……誰にも、渡したくない。
「これで心置きなく……市ノ瀬を口説ける」
「く、くどっ!?」
慌てた様子が愛しく思えて。
ショーが始まるまでの時間も、一緒に過ごしたい。そう思ったら、周りが見ていようが関係なく、オレはまるで、キスをするかのような体勢で、市ノ瀬にこの後の時間をもらうことを申し出た。
互いの額をくっつけ、間近で聞くオレに、市ノ瀬は更に顔を赤らめていく。
その姿がカワイイのはもちろん、なんだか、ちょっとからかいたくもなるような、そんな気分になってくる。
返事がOKだと聞くと、もう有頂天になっていて。
「――ムカつくんだよ」
近くに、幸せを壊す足音が近付いているなんて、気付きもせずに。
ただ、目の前の幸せを実感することしか出来なかった。
◇◆◇◆◇
ショーが始まる時間まで、市ノ瀬との楽しいひと時を過ごしていると、血相を変えた福原が、オレたちを呼びに来た。それだけでもう、何か悪いことなんだと予感がして……。
「…………」
福原に連れられ教室へ行けば、オレの作品だけが、無残にも切り裂かれていた。
こんな状態……見られたくなかったなぁ。
市ノ瀬には、完璧な状態を見せてあげたかったのに。
時計を見れば、始まるまで一時間を切っている。順番を最後にしてもらえば、なんとかなるかもしれない。
先生に頼むと、入れ替えを承諾してくれ、オレは服を直しにかかる前に、市ノ瀬に言葉をかけた。
「一番前で見てくれよ?」
それを最後に、オレは奥の部屋へとこもり、作品を直すことを始めた。
途中、手伝いを申し出てくれた友達もいたけど、これだけは、どうしても他人に手伝ってほしくない。
一人黙々と作業を進め、繋ぎ合わせる布を切る。
幸いなことに、切られたのは大きく、胸元とスカートの二ヶ所のみ。細かな部分は無事だから、そこはそのままにし、青い布を足していく。
真っ白な布があればと思ったが、今はここにない。その中で青を選んだのは……この色を、市ノ瀬が好んで使っているから。
初めて見た絵も、青を基調として。
静かで、それでいて儚いような……澄んだこの色が、オレも好きだから。
使うならこれしかないと思い、胸元をV字に切り、青い布を足す。スカートの部分も少し布を切り、青の布を縫い合わせる。
「あとは……これだけか」
裾を長くし、マーメイドドレスの特徴である尾びれを表現し、切り取った白と青い布で、細かな色合いをつけていく。
「――――よし!」
マネキンに服を着せ、急ぎながらも、丁寧に作品を運ぶ。
既に最後の組が出ていたが、司会者に話は伝わっているようで、一番の見せ場で、作品を出してもらうことになった。
出場者が整列し、誰もがこれで終わりだと思わせたところで、照明が消される。
中央に二人がかりで運び、一旦後ろへと下がると、作品に照明が照らされた。
司会者からマイクを借り、いよいよこの時が来たと、心は高揚してく。
何度か深呼吸をし、作品以外のもう一つの目的――市ノ瀬に思いを伝えるため、残りの時間を使う。
「オレ……高校の時から、思ってる人がいます」
始まりはそう、学校へと通う駅だった。
いつも見かけているわけじゃないけど、たまに見かける姿が、妙に印象的で。
「ずっと忘れられなくて、他の人といても、違う気がした。――けど、再会した時には既に彼氏がいて」
一番心惹かれたのは、絵を見た後。
キレイな色合いで、やわらかな印象を受けるものの……どこか儚くて、淋しい印象も受けた。
けれど、それから君に会えることはなくて、数回交わした言葉を頼りに、この辺りで一番大きな美術の大学に入って……君を、見つけた。
だけど、もうその時には、手に入らない存在になっていたことに、あの時もっと話さなかったことを、何度も悔やんだ。
しかもそれが、アニキの彼女だって言うんだから、悔しさはかなり倍増されて……。
「だから、この気持ちは抑えよう。言ってはいけないことだと、自分に言い聞かせてたけど。――もう、抑えるのはやめた」
市ノ瀬に視線を合わせ、真っ直ぐに見つめる。
「あの時から……ずっと、君に惚れてた」
忘れてると思った最初の出会いも、市ノ瀬は覚えてくれてて。
それが、どれだけうれしかったことか。
こうして思いを告げることも、触れ合うこともないと思っていたのに。
「今日の時間だけじゃ……足りない」
目の前に行き、片膝を付いてマイクを横に置く。
これから先の言葉は……市ノ瀬だけが、聞いてくれればいい。
今の時間だけじゃなく、明日も、明後日も。
これから先の時間を、共に過ごしてほしい。
「これからの時間……恋人として、オレにくれない?」
涙を流す市ノ瀬の両頬を包み、囁くように言葉を発する。
答えは、泣いているせいかちゃんと聞き取れなかったけど……笑顔でオレを見る様子に、言葉にしなくても、なんと言おうとしているのか分かる。
答えが分かった途端、うれしさのあまり、オレは市ノ瀬を抱え上げた。ステージに立たせると、周りの目なんて考えず、全力で抱きしめる。
それに市ノ瀬も、背中に手を回し、ぎゅっと抱きしめてくれて――こしていられるのが、幸せ過ぎて、怖いと思えるほど。
「……好きだよ」
そう耳元で囁くと、市ノ瀬はまた、ぎゅっと抱きしめてくれて。過った不安は、一瞬でなくなってくれた。
絶対……君を離さない。
目の前にいる愛しい人とのこれからを思い描きながら、この手をしっかりと握り、ステージから下りて行った。




