表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
42/68


「なぁ……何か言えよ!」


「っあ、ぐ……」


 ドスッと、鈍い音がする。

 何が起きたか分からなくて……私の体は、床にひれ伏していた。


「俺と、いろよ。そしたら、アイツは苦しむ。同じ痛みを……いやそれ以上! アイツを、苦しませることが出来る!」


 はははっ! と、笑い声をあげる。

 耳障りで、とても歪んだ音声。

 ようやく頭がおいついたのか、自分に何が起きたのかを把握した。


「はっ、ぁ……」


 腹部には、じんじんと痛みが広がって。それに私は、おなかを護るようにうずくまっていた。


「何も言えないのか?――これぐらい、痛くもなんともねーだろ?!」


 再び、ドスッと鈍い音がし、おなかと手に衝撃が走る。

 思わず苦悶の声がもれ、身を丸め護るものの、今度は背中に、強い衝撃が走った。


「っ?!……はっ、が」


「あぁ…そうか。お前、弱いんだよな。――悪かった。なぁ紅葉、戻って来てくれよ」


 荒々しいと思えば、手の平を返したかのような、やさしい態度。

 気分の起伏が激しく、もはやふつうではないカレに、今更のように恐怖を覚えた。




 はや、く……逃げ、ないと。




 なんとかして、この場から逃げ出したい。今のカレは、何をするか予想もつかないのだから。


「……っ、い」


「聞こえない。ってか、戻らないなんて言ったら……もっと、痛いと思うけど?」


 ふふっと、怪しい笑みを見せるカレの目は、もはや異常。

 逃げるにしても、体には痛みがあり、すぐにはまともに動けない。そうなれば、あっという間に掴まってしまう。

 意外にも頭は冷静で、これからどう逃げようかと思案する。

 この時ばかりは、ほんの少し、自分に虐待経験があるのをよかったと思ってしまった。

 叩かれるのも、罵倒されるのも慣れている。




 だから……こういう時は、思い出せばいい。




 体は別物。

 痛いのは自分じゃない。




 今までそうしてきた。

 だからもう一度、人形のようになって耐えれば……。




 その間にも、カレはまた体を蹴り、そしてやさしく問いかけるというのを繰り返す。




 一か八か……やるしかない。




 再びやさしくなった時を見計らい、ゆっくりと手を動かす。

 気付かれないよう、携帯を手にする。うずくまっていることもあり、おなかの部分で手を動かしても、今のところ気付かない。




 ……お願い、気付いて。




 一番最近の履歴であるボタンを押し、電話をかける。

 今は片付けの最中。しかも学園祭の後だから、ふだんより気付かれる確立は少ない。

 けど……美緒たちなら、きっと。

 最近電話をかけたのは、美緒たちしかいない。大丈夫だと信じて、携帯を握り締め耐えていると。




『……? …、…』




 微かに、声が聞こえた。

 繋がったことが分かり、私は大きく息を吸い、ありったけの声を発する。




「たす、けて……! 展示室! 純さっ?!」




「へぇ~……まだ、考える余裕あったのか」




 携帯を取り上げると、カレはそれを、無造作にどこかへと投げる。


「あ! いっ?!」


「俺のことだけ……見てろよ。なんでお前は、俺に従わない!!」


 髪を引っ張り上げ、顔を近付けるカレ。

 次に何をしてくるのかと思えば……。


「んっ?!…、……っ!」


 頭を押さえられえ、無理やり、唇を重ねられた。




 気持ち、悪い……!




 いや、だ……嫌だ、嫌だ!




 体だけでなく、心も何もかも、カレを拒絶する。

 一緒にいることも、同じ空気を吸うことすら、拷問のように思える時間。




「――まだ、戻らないのか?」




 ようやく唇を離したかと思えば、そんなことを言うカレ。

 叩かれて、こうやって無理やりされて……どうやっても戻ることなんてないと分かりきっているだろうに。




「……ら、ない」




 数日前までの私なら、カレに従っていた。

けれど、もうそんなことはしない。したくない。――そんな考えは、微塵もないんだから。




「……もど、らない。――もう、従わない!」




 睨み付け、叫ぶように発した言葉。

 意外だったのか、一瞬、カレが怯む様子を見せた。それを察し、カレの側から離れる。まともに立つことは出来ないながらも、階段の手すりを握り、必死で体を動かす。




「……もう、いい」




 低く、暗い声が響いた途端。




「俺の前から……消えろよ」




 背中に衝撃があったかと思えば、体は浮遊感に包まれ。

 カレと視線がぶつかった時、景色が逆さまに見えるのが分かって。―――その時ようやく、自分は浮いているのだと実感した。

 まるでスローモーションのように、一つ一つのことが、とても長く感じられ。




 次に痛みがきたのは、右肩。




 そこからまた一回転し、左肩を中心に痛みが走る。何度も繰り返しくる痛みに、階段を転げ落ちているのだと、考える余裕があるぐらい、不思議な感覚。

 目の前は真っ白で……もう、どうなっているのか分からない。




「――市ノ瀬!!」




 そう呼ぶ声が聞こえた時には、体は停止していて。




 心配そうな表情の、橘くんの顔が見えた。




 ……よか、った。




 顔を見た途端、緊張が解けていく。

 もう、何も感じないフリをしなくていい。そう思ったら、頬に、温かいものが伝っていた。




 ――その後、私は救急車に乗せられ、病院へと運ばれた。




 着くなり、診察台へと乗せられ、先生に色々なことを聞かれる。

 自分の名前や、学校の名前。

ふだんなら答えられるようなことなのに、ケガをしているせいか、たどたどしい言葉でしか答えられなくて。




「市ノ瀬さん? 市ノ瀬さん?!――」




 目を開けるのが……辛い。




 何もかも放り出してしまいたい感覚になり……私は、意識をそこで、手放した。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ