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『遅いと思うんだけど……?』


 やけに低い声に少し驚きながらも、いつものように話を始めた。


「ごめんね。カバンに入れてたから気付かなくっ」


『んなの携帯の意味ないだろう?!』


 機嫌の悪い様子に、私は焦りを感じ始めていた。

 カレの名前は、佐々木純哉ささきじゅんや

 私より三つ年上の、会社で営業をしている人だ。

 ど、どうしよう……純さん、怒ってる。


「ご、ごめんなさい……ちゃんと、持っておくから」


『当たり前だろう。何かあってからじゃ遅いんだ。お前はすぐ自分のことを話すんだから、余計なことは言うなよ?』


「……分かってるよ。いつも言われてっ」


『分かってないから、俺が何度も言ってるんだろう?――下手に話すんじゃないぞ』


 言葉を遮り言いたいことを言うと、カレはすぐに電話を切った。

 ツー、ツーという機械音を聞きながら、しばらく、そのままの状態で携帯を手にする。

 怒らせ……ちゃった。

 雨に比例するかのように、心は徐々に、影を落としていき。

 冷たくて、淋しい感覚が全身へと広がっていくようだった。

 明日……会いに行かないと。

 ぎゅっと携帯を握り締め、早く謝らなければという思いが頭を駆け巡る。




 いや、だ……嫌われたく、ない。




 嫌なことを思い出し、それが余計に、私の心を暗くさせていた。

 このまま戻ったら、心配をかけてしまうかもしれない。そう思ったら、しばらくその場に留まり、気分が落ち着くのを待つことにした。


 ◇◆◇◆◇


 翌日――私はすぐさま、カレの元へと向った。

 一時間ほど車を走らせると、カレの家へと到着する。はやる気持ちを抑えながら、私はいつものように、チャイムを鳴らした。




「――は~い、どうぞ」




 中から声が聞こえ、鍵が開く音がする。


「おばさん、こんにちは」


「こんにちは。せっかく来てくれたのに、まだあの子、寝てるのよね」


「あはは。もう慣れてますから。――それじゃあ、おじゃまします」


 挨拶をすると、カレがいる部屋へと向う。

 家は和風の平屋で、カレが使っている部屋は一番奥にある。

 ドアの前に立ち、二回ドアをノックした。たぶん起きないだろうけど、一応は部屋に入る前の礼儀だと思うから。


「…………」


 しーんと静まり返り、中から音が聞こえることもない。やっぱりまだ起きていないんだなと思いながら、ゆっくりとノブを回し中へと足を踏み入れた。

 ベッドでは、寝息をたてながら眠るカレの姿。

 来たことを知らせようと、何度か揺さぶってみる。


「純さん、起きて」


「…………」


「純さん、もうお昼過ぎてるよ」


「…………」


 寝返りは打つものの、こちらの呼びかけに答える様子はない。


「……待つしかない、かなぁ。――純さん、起きないとだよ?」


 これが最後の呼びかけつもりで、軽く腕に触れた途端。


「――うっせぇ」


「っ……!?」


 低く苛立った声と共に、私の腕は振り払われ。


「……仕事で疲れてんのが、分からない?」


 睨み付けるように見るカレの目が、私の目に映った。

 寝起きだからか、機嫌の悪いカレは未だ苛立った声で言葉を続ける。


「学生のお前とは違うんだよ……何しに来た?」


「何って……昨日のこと、謝りに」


 重苦しい雰囲気の中、なんとか言葉を紡いでいく。

 今日の純さん……怖い。

 震えそうになる声をなんとか抑え、カレと目を合わせる。


「そんなことのために起こしたわけ?」


「だって、悪かったと思ったから……ちゃんと、謝らないとって思って。――ごめんなさい」


 その言葉を聞き、カレはチッと舌打ちをする。


「それ……お前の自己満足だろう? 別に、俺は謝ってほしいわけじゃねーから」


 自己満足だなんて……悪いと思ったから、謝ろうとしただけなのに。


「つーかさ。――昨日、どんな格好で遊んで来た?」


「えっ……あ。ワンピースに、下はトレンカはいてだけっ?!」


 ぐいっと腕を引き寄せられたかと思うと、間近に、私を睨み付ける目があった。


「なんでスカートはいてんの? はかないって言ったよな?」


「そ、そんな……」


 だって……気にするなって言ったのは、純さんだよ?

 確かに付き合い始め、カレに悪いからとスカートははかないようにすると言ったものの、下にGパンやトレンカをはけば問題ないということで話はついていたはずなのに。

 どうしてそんなことを言われるのかが分からず、私は、言葉を詰まらせていた。


「自分から言っておいて……破ってんじゃねーよ」


「――っい」


 乱暴に腕を払われ、思わず体が傾く。

 掴まれた部分が痛み、片手で擦っていると、純さんはつまらなそうに言葉を発する。




「――寝るから邪魔するな」




 反論なんて許さないような声で、カレは再び、ベッドへと体を預けた。

 最近……こういう雰囲気になることが多い。

 だいたいは私がこうやって、カレを不満にさせるからなんだけど。


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