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「ちょっ! さ、さくちゃん、何してんの!?」
その声に、橘くんは立ち止まる。すると、驚いた表情の美緒が、私たちに駆け寄って来た。
「何その状況! ってか、今からどこ行くの?」
「悪いけど、今日は市ノ瀬休むから。よろしく」
「えっ、別にいいけど……って、説明になってなーい!!」
後ろで叫ぶ美緒に悪い! と、楽しげに言いながら、橘くんは再び走り始める。どこに連れて行かれるのかと思えば、着いたのは駐車場。そこでようやく下ろされ、初めて乗せてくれた時と同じように、橘くんは助手席のドアを開ける。
「ほら、出かけるよ」
出かけるよって……本当、今日は強引だなぁ。
「ズル休みなんて……一回、だけだよ?」
そうは言ったものの、嫌な気はなく。むしろ、楽しみにしている方が強かった。どこに行くのだろうと、うきうきしているぐらい。
「市ノ瀬、海とか見るの好き?」
「えっ? う、うん。好きだけど……」
そう答えると、よかったと笑みを見せる橘くん。近くの海でも見に行くのかと思えば、行き先は、海沿いに立つ大きな施設――水族館だった。
や、やばい……テンション上がる!
実は、生まれて初めての水族館。今までデートで来たことはおろか、家族とだって来たことがない私には、楽しみで仕方がない。
「定番かもしれないけど、いい?」
「す、すごくうれしい……私、初めてなの!」
先程まであった涙は、今はもうなく。
自分から橘くんの手を握り、早く行こうと急かすほど、気分は高まっていた。
「そんな焦らなくても。ゆっくり回ろう、な?」
「あ、そう、だよね。――ごめんなさい。勝手に盛り上がって」
恥ずかしくなり、慌てて握っていた手を離す。
な、なんか、当たり前のように、握っちゃった……。
「別に、謝ることないって。そんなに喜んでくれたなら、こっちはうれしいし」
「そ、そう? それなら、よかった……」
橘くんは、何も、言わないんだ。
『お前、テンション上げ過ぎ。その時の声、嫌なんだよ』
純さんは、私がテンションを上げて喜ぶ時の声は嫌だと言う。だから、今まで大人しく……というか、そういうことはしないようにしてきたのに。
今の声が不快でなかったのかと気にしていると、察したのか、橘くんは心配そうに私を見ていた。
「やっぱり、どこか悪いんじゃあ……」
「ち、違うの! あの、ね……私、さっきテンションが上がったでしょ? それが、不快じゃなかったのかなぁって」
「不快? そんなことないけど。――アニキに、言われた?」
まるで、自分が痛みを感じているかのように。
橘くんの表情は、とても悲しそうだった。
……黙ってても、バレちゃうよね。
「うん……私がテンション上がった時の声、嫌だって」
「…………」
「落ち着きがない、その感じは嫌だから……もっと、抑えろって言われて。――ははっ、全然出来てないよね」
「……必要ない」
小さく、言葉を発したかと思えば。
「オレの前では……気にしないでいい」
そう言って、やわらかな笑みを見せながら、そっと、手を握られた。
「もっと……素でいいから」
「……うん」
そう言うので、今は精一杯だった。
返事を聞くと、橘くんは手を握ったまま、館内へと進んで行く。
さらけ出して……いいの、かな。
本当に、分かってもらえるかもしれない。
橘くんは、ずっとそういう人だったし。
……少しでも、いい、かな。
そんなことを考えながら、ゆっくりと魚を見て回った。
「昼から、イルカのショーがあるみたいだな」
看板には、午後一時よりショーが始まると書いてある。軽く何か食べてから見ようということになり、一階にあるフードコートへと向う。
軽くでいいと思い、私は小盛りのミートスパを。橘くんはオムライスを注文した。
こうやって二人で食べるのも初めてなのに、変に緊張することもなく。話を弾ませながら、ショーが始まる会場へと向った。
「せっかくだし、前で見る?」
「うん、せっかくなら近くで見たいな。――あ、でも」
あまり前だと水がかかるし、カッパがいると書いてある。どうしようと迷っていると、先に前に座っててと言い、橘くんはどこかへと行ってしまう。
トイレ……かな?
隣にカバンを置き待っていると、目の前にすっと、何かを差し出される。
「これ着ないとな」
手渡されたのは、カッパだった。
わざわざ、買って来てくれたんだ。
「ごめんね、お金出させて」
お財布を出そうとすると、その手を橘くんは制し、別にいいからと言う。
「で、でも……さっきも、出してもらってるし」
実はお昼もおごってもらっていて、なんだか申し訳ない。
それに……彼氏にも、おごってもらってことって、ないし。
「オレが誘ったんだし、ここは素直におごらしてもらえるとうれしいんだけどな」
「な、なんだか慣れなくて……。今まで、おごってもらうなんてこと、なかったし」
その言葉に、橘くんは驚きの表情を見せる。余程意外だったのか、しばらく言葉が出ないほどの衝撃があったらしい。




