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「最近さぁ~……彼氏と、上手くいってる?」
そんな質問も、いつもなら頷いて答えるのに。
「ははっ。ダ~メ!――純さん、よく分からないんだぁ」
お酒のせいなのか、それとも早く言いたかったのか。
まるで、グラスから水が溢れるように。
ゆったりとした口調で、私は話を始めていた。
「美緒は~、エッチの時の写真とか、あるぅ?」
「あるけどぉ? 一緒に写ってるのがね」
「私のはねぇ……ひとり、なんだよぉ? しかも、それを見せるだの、流すだの――おかしいよねぇ~? あははっ」
グラスに口を付け、半分ほど一気に飲み干す。
もう、こうなったらやけになってるようなもの。
心地よい感覚で、今ならスラスラと、胸の内を上手く言えるような気がする。
「しかも、ね? 他の人と、やるか? とか、言われて……」
「ふ~ん。――紅葉は、どうしたいの?」
しっかりとした口調で聞く美緒には、酔っている様子はなく。私の答えを、真剣な眼差しで待っていた。
美緒、さめたの、かな?
ん~? と疑問に感じながらも、私は聞かれたことを答えようと、その思いを口にする。
「もう……いや、だなぁ」
ぽつりと小さくこぼれた言葉は、とても弱々しく。
それを口にした途端、自然と、頬に涙が伝っていた。
「でも、さぁ……できない、の」
「うん、だろうね」
「写真が、こわく、て……」
私が言うことに、美緒はきちんと反応し、否定することなく聞いてくれる。
「エッチも、ね……いやなのに、やめて、くれない。――痛いのに、するの」
「……あんたって子は」
バカねぇと小さく呟き、私をやさしく抱きしめた。
「ホント、見てらんないわよ。お酒飲んでやっと言うなんて」
あ、れ――?
なんで、酔ってないの?
ぽんぽんと頭を撫でながら、美緒はやわらかい声で言う。
「ふふっ、あれぐらいで酔う私じゃないわよ? ホント……ほっとけない。内に溜め込んで、周りに平気だって笑って。――そんなんじゃ、いつか壊れるのよ?」
「壊れる、って?」
「ん~私の場合は……自殺、かな?」
ま、未遂だけどねと言って、軽く息をはく。
「消えたくて、居場所なんてなくて……全部、消したくて堪らなかった」
居場所が……ない。
そっか。美緒も、同じなんだっけ。
今の美緒からじゃあ、全然そんなふうには見えないけど。きっと、すごく苦しかったんだろうなと感じた。
「ごめん、ね……美緒の方が、辛い、のに」
「こら、そーいうのはダメよ?」
首を傾げると、美緒は真っ直ぐに私の目を見つめ、言葉を発した。
「確かに、私も虐待されたわよ? でもね、自分よりまだ辛い思いをしてる人がいるんだ、これぐらい耐えなきゃとか思ってるなら……そんな考えはダメよ?」
でも……私より嫌な思いしてる人なんて、たくさんいるのに。
甘えてるような気がして、どう返していいか戸惑っていると、美緒は話を続ける。
「その人にとって、何が辛いかなんてそれぞれでしょう? そりゃあたまに甘えてる人はいるけど……紅葉は、そんなことないんだよ」
「そん、な……言われるような、こと」
自分では甘いと思っていたのに、そんな言葉をかけてくれるとは思ってもなくて。
ゆっくりと流れていた涙が、徐々にその流れを速くし。
「…、……っみ、お」
溢れ出る涙は、もう止められるほどのものではなくなっていた。
「泣くのも、我慢しないの。ま、誰かさんの受け売りだけどね。――紅葉は、一回思いっきり泣きなさい」
ふわり、再び美緒は抱きしめる。
とても温かくて、やさしくて。
「っ……ひ、ぐっ――う…うわぁー……!」
友達の前で、初めて、声を上げて泣いた。
服にしがみ付いて、泣いて、泣いて……。
疲れるまで泣いたことなんて、本当に、これが初めてだった。
「あの、時の……絵を、み、て……くれた、はずな、の、に」
「ちゃんと聞くから、いっぺんに話さないの」
ゆっくりと深呼吸をし、息を整える。何度もそれをやっていると、次第に呼吸は落ち着き始め……ようやく、まともに話せるようになってきた。
美緒にも、話さなきゃ。
橘くんに話したように、私はカレを好きになった理由や、今思っていることを話した。
「そっか……好きなこと話せないって、イヤなことよね」
「うん……だから、ね。最近、よく考えるの。――本当に、あの絵を見てくれた人なのかなって」
その時に描いたのは、月の絵。
月から滴り落ちる水と、舞い落ちる羽根と丸い模様。
月と丸いものを入れて描くのが、私の絵の特徴。
色合いは青を基調とし、奥の方には紫や濃い色を使い、濃淡をつけた絵。
気に入ってる作品だけど、そこには少し、悲しみのようなものも描いていて――けれど、ほとんどの人は、それに気付くことはない。
それを気付いてくれたから、話してみようと思って……少しずつ、心を開いていったのに。
「一回、さ……確かめてみたらいいんじゃない?」
「確かめるって?」
「まぁ直接言ってもダメだろうから、遠まわしに――ね?」
小さく耳打ちし、その内容に自分が出来るか心配したものの、それは聞かないといけないと思っていたことだから、頷いて見せた。
「……やってみる」
「その方がいいと思うよ。今後のためにもね」
その後も、美緒は色々と話を聞いてくれて。
疲れてしまうまで、その日は語り明かした。




