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『よ、今いいか?』
いつもどおりの声に頷いて答えると、アニキは言葉を続ける。
『アイツとさ、今一緒にいるか?』
「いるけど……何、また連れて来いって言うの?」
『分かってんじゃん。直接来た方が近いからな、頼む』
「……悪い、今日は無理。――市ノ瀬、体調悪いから」
そう告げれば、さすがに誘わないと思っていたのに。
『んなの、最近じゃいつものことだ。いいから、連れて来てくれよ』
いつものことって……悪いって気付いてるのに、なんで無理させるんだよ!
「――なんで、そんなに来させたいわけ?」
休ませてやればいいのに。
大事な彼女なら尚更、体を気遣うなんて当たり前だろう?
『この前会えなかったからな。それに――アイツだって、嫌とは言わないぞ?』
ははっと小さく笑う声が、耳に入る。
途端、オレはもう黙っていられなくなった。
「いい加減にしろよな!」
もう、感情を抑えられなかった。
イヤだと、言わない?
そんなの、言えないの間違いだろう!?
「今日ぐらいそっとしてやれよ! は? 関係ないって……!」
ドアが開いたような気がし、視線を向けて見ると……そこには、床にへたり込む市ノ瀬がいた。
大声に驚いたのか、市ノ瀬はどこか怯えたような目をしていて。
「……とにかく、今日は連れて行かないからな! 無理に来させるなよ!!」
一方的と思えるような勢いで、電話を切り上げる。
未だイライラは治まらなくて、手にしている携帯を投げ飛ばしたいほどの感覚。
なんとか落ち着こうとしていたのに……アニキは懲りずに、市ノ瀬の携帯に電話をかけ、会いに来いと誘っていて。
なんで……なんでそんな、自分勝手なんだよ――!
「市ノ瀬は体調が悪いんだ。ワガママなこと言って、困らせるな」
携帯を取り上げ、ガマン出来ずに、アニキに言い放つ。
イラだったせいか、抑えていた枷が外れてしまい……目の前にいる市ノ瀬を、抱きしめずにはいられなかった。
意外にも、振り払われることはなく。市ノ瀬は大人しく、そのままの状態でいてくれた。
ホントの彼女だったら。
アニキでなく、他の誰かの彼女だったら。
今すぐにでも……手に入れたい。
どうしようもないほどに、そんな思いが膨らむばかりで。
だれど――悲しませるわけにはいかない。
まだ残っていた理性が、そう呼びかけた。
市ノ瀬の気持ちは、アニキにある。
どうしてここまでされて好きなのか訊ねると、その答えは、オレの心を掻き乱す、一番の言葉となった。
……なんで、アニキが。
一番驚いたのは手紙。
内容は分からないが、間違いでなければ――それはオレが、当時の市ノ瀬を思い書いたものだと思う。
名前も知らない、ただ絵を描いている少女に心惹かれ、渡そうとしていた手紙。
タイミングが合わず、なかなか会うことも出来なかったから、いつしか手紙は、部屋に置きっぱなしになっていて。
そのことを知っているのは、福原と海さん以外では……アニキだけ。
アニキは手紙なんて書くタイプじゃないし、何より、絵のことなんてホントに興味がないっていうのに。
……まさか、オレのじゃない、よな?
イヤな考えが巡るが、そこまでする理由が見つからなくて。
だから――確かめないといけない。
◇◆◇◆◇
あれから数日、幸希さんに連絡をいれ、オレの自宅で会うことにしていた。
呼び鈴が鳴り、中へと招き入れると、本題である話――アニキの話を、始めた。
「アニキが市ノ瀬と仲良くった経緯、知りませんか?」
「んー詳しくは聞いてねーけど、街で見かけて声かけたってさ」
「ナンパ、みたいなやつですか?」
「あぁ、そんなふうに言ってたな。可愛いから声かけたんだと」
市ノ瀬の話と一致しない。
絵を見て、それが話すきっかけだって聞いていたのに。
「その……手紙を渡したとかって、聞いてませんか?」
「手紙……? あ、朔が言ってるのか知らないけど、そんなこと言ってたな。――これなら、アイツを落とせるって」
それだけ自信があったんだろうと、幸希さんは言う。
手紙で落とせるって……それ、残ってないもんかなぁ。
もしあるのなら、確かめてみないと。
違うと信じたいが、不信な点が、それをなかなか信じさせてはもらえない。
「ってか、オレからも聞きたいことあってさ……」
神妙な面持ちで、幸希さんは訊ねる。何を言われるのかと思っていると。
「紅葉ちゃん、ってさ……乱交とかする趣味、あるわけ?」
唐突に、そんな言葉が耳に入った。
「いや、別に本人に聞いたわけじゃないんだけど……純哉が、その」
言いにくいことなのか、一度深呼吸をしてから、言葉を続ける。
「やってる時の写真……見せられてさ。しかも、お前も混ざらないか? って言うし。――顔とか大事な部分は隠れてたけど、他のヤツにも見せてるんじゃないかと思って」
予想していたよりも大きな話に、オレはすぐに言葉を発することが出来なかった。
最近、様子がおかしいのって……。
イヤな考えが、頭を埋め尽くす。
そーゆうことを強制されてるんじゃないかって、心配になってしょうがない。
「アイツ、親友って言ってるオレにも本性見せないようなヤツだからなぁ。ヤキモチ焼くと思って、紅葉ちゃんに連絡するのも避けてたけど――ちょっと、探り入れてみるか」
意外な提案に、オレは少し間を置いてから言葉を発した。




