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「今日は送ってもらいなさいよ?」
放課後、先に講義が終わり帰っていた橘くんに美緒が連絡し、わざわざ学校に来てもらっていた。
気分は戻ってきたものの、まだ体が思うように動かなくて……申し訳ないと思ったけどど、送ってもらえるのは、すごく助かる。
「ごめんね……帰ってたのに、また来てもらって」
「ヒマしてたからいいって。それより……」
真剣な声で話し出す橘くんに、私も自然と身が引き締まる。
「何か……悩んでない? オレでよかったら、いつでも聞くから」
「…………」
話を聞くからとか、言ってよとかではなく。
今までかけられた言葉とは違い、私のペースを考える言葉に、不覚にもころっといってしまいそうで。
心身共に弱っているせいか、すごく甘えてしまいそうになる自分がいた。
今なら……話せる、かな。
「あの、ね……」
ゆっくり、言葉を紡ぎ。
内にある思いを、声に出していく。
うんと頷いて、橘くんは聞く姿勢になってくれる。
「私さぁ……母親に、いやなことされて、育ったの。――だから、自分に母親と、同じ血があるのが嫌で……」
今じゃないと、言い出し辛くなる。
膝に置いた手に力を込め、意を決して、続きの言葉を発した。
「ハーフ、ってことも……嫌で、黙ってたの」
「……そっか。言われれば、市ノ瀬ってキレイだもんな。ハーフなの納得する」
「あ、あり、がとう。――それで、ね。今日は、母親が来て……それで、触られた、か、らっ」
言葉が、それ以上続けられなくて。
いつの間にか、涙が頬を伝っていた。
「――いつでも聞くから」
ふわりと、頭にのせられた手の平。
そのまま撫でながら、橘くんは言葉を続ける。
「すぐに、話さなくていいよ。――言いたくなったら、いつでも付き合うから」
手の平と同じような、やわらかな声。
それを聞いて、余計に涙が溢れてしまって。
「ご、めっ……止まら、なくて」
「ムリに止めなくていいって。ガマンはよくないしね」
そう言うと、手をすっと離し、再びハンドルへと添えた。
ひとしきり涙を流すと、次第に気持ちが落ち着き始めて。――ぐぅ~っと、私のおなかが音をたてた。
「…………」
「…………」
な、なんでこのタイミング!?
そういえば……美緒が買ってくれていたおにぎりには手をつけず、そのままにしてたから、お昼から何も食べていない。
「ははっ、市ノ瀬のはらも鳴ってることだし、なんか食べて行こっか?」
「お、お願いします……」
恥ずかし過ぎて、私は俯いてから言葉を発した。
今、絶対に顔赤いよ……。
それからお店に向うことにしたが、お財布を持ってくるのを忘れたらしく、一度、橘くんの自宅へ寄ることになった。
着いたのは、三階建てのアパート。
橘くんの部屋は三階の角部屋らしく、一番いい場所のようだ。
「あ、あのう……」
部屋へと行こうとする橘くんを止め、申し訳なさそうに、言葉を続ける。
「お手洗い……貸してもらえる、かな?」
そろそろ換えないと、下着に付いちゃいそうだし。
初めての人の家で頼み辛いけど、戸惑ってる場合じゃない。
「いいよ。ってか、そんな緊張しなくていいのに」
「き、緊張するに決まってるよ!……初めて、なんだから」
一人暮らしの男の人の部屋に入るのは、実はこれが初めてだったりする。
カレの部屋に行った時とは違い、なんだか変に意識してしまって。
「そう言われたら、こっちも緊張しちゃうじゃんか。――トイレここだから」
ドアを開けると、右側の方を指差し、橘くんは部屋の奥へと入って行く。
おじゃましますと言ってから上がり、さっとことを済ませる。
意外と待たせてしまったかなと思っていると、まだ探しているのか、橘くんは外にはいなかった。
奥にいるのかなぁ?
「橘くん、見つからないの?」
声をかけるも、返事は返ってこなくて。
気なった私は、悪いと思いつつも、奥のドアに手をかけた。
「――失礼しまっ」
「いい加減にしろよな!」
突然の大声に、体がビックと反応する。
初めて見る橘くんの様子に、私はその場に、座り込んでしまった。
「今日ぐらいそっとしてやれよ! は? 関係ないって……!」
ようやく私がここにいることに気が付いたのか、橘くんと視線が交わる。私を見る視線は、どこか辛そうで。
「……とにかく、今日は連れて行かないからな! 無理に来させるなよ!!」
最後により強い言葉を発し、橘くんは電話を切った。
体が震え始めてしまい、まだ何があったのかと、聞くことが出来なくて。
どうしちゃったんだろう……すごく、辛そうな顔してる。
本当に、変にこういうのには敏感で。橘くんに嫌なことがあったのは、明らかだった。




