9.神殿からの使者
「殿下。そこの邪神の身柄を神殿に引き渡してください。邪神の邪気によって、この世界が穢れてしまいます!」
そうでしたわ! 邪神認定された場合、神殿の管理下に入ってしまいます。せっかくお友達になれたということですのに……。
重厚な装備を身に着けた、真っ白な服を着た神殿関係者たちが、手に魔法杖を大きくしたのような武器を手に駆け寄ってきました。邪神討伐など見たことがないため、初めて見るものです。
「神殿か……。この邪神には攻撃力も攻撃手段もない単なる人間のように見えるが……それでも連れて行くというのか?」
私が私の後ろに邪神様を隠した様子を見て、殿下が神殿側と交渉してくださいます。ありがたいことです。
「殿下! それは、神殿の決定に異を唱えるという意味ですか!? 越権行為ですぞ!!」
集団の奥から現れた、お爺様という容貌の男性が、顔を真っ赤になさって鼻をふんふんさせながら大声を上げます。
「神殿は、王族が単なる質問をすることを越権行為ととるようになったのか?」
殿下が偉そうな様子でお爺様に問いかけます。
「な!? そういう意味ではありませんが、神殿の決定に異を唱えられたでしょう!? 邪神は危険なものだ。それに対して、殿下は”攻撃力も攻撃手段もない単なる人間のように見える”とおっしゃったではありませんか?!」
さらに顔を赤くしたお爺様が足をばたばたとさせながら反論なさいます。高齢なのにあんなにもお怒りになって……お身体に支障は出ないのでしょうか?
「お話の途中に声を上げる無礼をお許しくださいませ」
私が鍛え上げられた淑女の笑みを浮かべ、お二人の間に入ります。片手で邪神様が逃げないようにしっかりと手をつなぎます。
「ご令嬢! そんなものと手をつなぐと穢れてしまいますぞ!」
「あら? では、ここにいる皆さまが穢れてしまっていることになりますが、神殿はそのような調査がお得意でいらっしゃるでしょう?」
お爺様の後ろにいて四角い箱を持っている若い男性に微笑みかけます。
「……はぁ。ナリージャ、そこをどけ。お前に任せていたが、このままでは神殿の過失になりかねない。ご令嬢のおっしゃる通りです」
前に出てきた若い男性は、細身でありながら威厳のあるお姿です。
「貴方様がこの場の責任者でいらっしゃいますか? 名を名乗る栄誉をお与えいただけますか?」
私がそう言って、神殿の礼をとります。この国の高位貴族は皆が知っている動作です。
「遅くなってしまい、申し訳ございません。もちろん、許します」
男性の許可を得て、私は名乗ります。
「フェルシア・デーントと申します。デーント公爵家の娘でございます」
私が名乗ると、お爺様がはっとした様子で息を吞みます。
「デーント家にはいつも神の心を感じています。そして殿下。いつも父がお世話になっております」
父は熱心な寄進を行っていますから。お爺様が私の名前を聞いて動揺なさったのは、そういうことでしょう。
「……神殿長の息子か。確か先日、副神殿長に就任したと聞いた。若いのに優秀な神の使徒だと聞いている」
私が間に入ったことで、冷静になった様子の殿下が、いつもの笑顔で副神殿長に話しかけます。やはり少し興奮なさっていたようですわね。あまり様子が変わらないし、それ以上に興奮したお爺様がいらしたから、気が付いたのはルイス様くらいでしょうか。
「お褒めいただき、光栄なことでございます。さて、先ほどデーント公爵家のご令嬢がおっしゃったように、邪気についてはこちらの器具を使って判別可能でございます。調べますか?」
……副神殿長までいらした理由は、あの器具でしょうか? 副神殿長以外触る様子もなく、この場で一番地位の高いはずの副神殿長に持たせていますから。
「副神殿長。アガサ様に邪気を放たせてくださいませ。彼女には、邪気なんて放てないはずですから」
“穢れた”という話あたりから、小刻みに震えながら私の手を放そうとあがいていらしたアガサ様。私はその手を引き、副神殿長の前に引きずり出します。
「わ、私!?」
「デーント公爵家のご令嬢は、そちらの方が邪気を放てないと、よっぽど信用していらっしゃるようですね」
「えぇ、私の大切なご友人ですから」
私がそう言うと、アガサ様は目をうるうるとなさいます。
「……確かに、殿下のおっしゃるように、普通の人間にしかみえませんね。しかも、戦闘能力の低いほうの」
「なんかディスられてる!?」
うるうるしたまま、思わずそうおっしゃったアガサ様。それを見て好機とお思いになったのか、副神殿長が問いかけます。
「邪神認定されているため、邪神と呼ばせていただきましょう。邪神、あなたはなにか特別な力を持っていますか?」
アガサ様から見えないように何かを指ではじき、キーンとした心地の良い金属音が辺りに響きます。
「え!? ……以前は降臨してフェルシア様に指示をすることができましたが、その力も限定的で現在は失われています。……なんか口が勝手に動いたんだけど!?」
「……お前、敬語を使えたんだな?」
殿下がアガサ様にそうおっしゃいます。
「てっきり敬語を使わない文化の方だと思っておりましたわ」
私も驚いてそう申し上げます。
「揃いも揃って失礼な!? 引きニートとはいえ、日本の義務教育を受けてますから!? それくらい使いこなせますー!」
アガサ様がそうおっしゃるのを聞いているのかいないのか、副神殿長がなにかを書き留め、アガサ様に向かって言いました。
「邪神よ、少しいいか?……“邪気を放て”」
聞き取れない言語を放ったと思うと、一部の神官がざわめきました。その中の一人が声を上げます。お爺様はぽかんとしていらっしゃいます。
「副神殿長! それは禁じられた句ではありませんか!?」
その言葉に神官たちはざわめき、お爺様がおっしゃいました。
「副神殿長! 禁じられた句を使うとは! 報告させてもらいますぞ! 御父上も貴方をかばいきれまい!!」
嬉しそうにふんすふんすとしながら喜ぶお爺様を一瞥した副神殿長は、うるさいと言いたげにお爺様に手を向け、おっしゃいました。
「必要ならばと思って、許可は得ている。“拘束せよ”」
ふんすふんすしていたお爺様は目に見えないなにかに捕らえられたかのように動きを止めました。魔法とは体系が違いそうですわね。なんでしょうか? 神殿の禁術、でしょうか?
先ほど言葉を向けられたアガサ様は困ったように戸惑っています。特に変わりはないようです。
「……確かに彼女は安全なようですね。元邪神、といったところでしょうか。ただ、今後、邪神に戻る可能性も否定できない……理想を言えば、神殿で身柄を保護したいところですが」
何かを書き散らしながら、副神殿長がおっしゃいました。興味深げにアガサ様を見る副神殿長の目は、魔法実験にハマった魔法術師のようでおそろしげです。アガサ様も小さく叫んで私の後ろに隠れました。
「……本人も拒絶、ですか。仕方ありません。とりあえずこちらの腕輪と首輪、足輪をつけてください。神殿長と相談し、決定するまではその状態でいていただきます」
そう言って差し出したものは、魔術具でした。目についた範囲の付与された魔術を軽く確認すると、拘束・通知・制御・感知と現れました。
「異常な状態を感知した場合、神殿に通知が届き、彼女の能力を制御、身体を拘束するものです。必要でしょう?」
説明を受け、魔術具を副神殿長の手からしずしずと受け取ったアガサ様。一つ一つ慎重に装着なさいます。特に何事もなく装着されたアガサ様に安堵の息を吐きました。